私に関わりを求められる神 マタイ8章28〜34節
人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである。(ルカ19:10)
1 誰も関わろうとしない男たち
ガリラヤ湖の向こう側にはガダラ人の地と言われる異邦人の住む場所がありました。イエスさまがその地につかれると、二人の悪霊につかれた乱暴者が出て来ます。この二人は手に負えない乱暴者で、墓場をすみかとしていました。また鎖や足かせでつないでも引きちぎってしまう。夜昼叫んでいる。誰も彼らに近づこうとはしませんでしたし、関わろうとはしませんでした。
彼らは悪霊に取り憑かれ、全くその人の人格が悪魔にのっとられているようなそういう状態でした。
2 関わってくださる主
この男はイエスさまに言います。「神の子よ、あなたはわたしどもと何のかかわりがあるのです」。
主イエスはこの男と関わりを持とうとされました。正直、このガダラ人の地に何をしに来たかというと、この二人の狂人たちを悪魔の支配から解放するため以外のなにものでもなかったのです。
私たちが何が正しいか、神が喜ばれること、愛にふさわしいことかを知りながら、そのように生きることができないとしたら、私たちも実は悪魔に心を支配されているのかもしれません。しかし、神様はそんな私たちをも見捨てません。そんな私たちにも、神様の方から近づいて、私はあなたと関わりを持ちたいと語ってくださるのです。そして私たちがもう一度正気に戻って、神様に造られたものとしてのあるべき姿を取り戻すようにしてくださる。主イエスはあなたを見捨てません。今日、あなたがここにいてこのメッセージを聴いているということが神があなたを愛し、あなたと関わりを持とうとしておられるしるしです。
3 私たちの価値
この場合には、この二人の代わりに二千匹の豚が死にました。他の誰がどう言ったとしても、そして、二千匹の豚がどんなに大きな価値を持っていたとしても、主イエスにとっては、この二人の狂人がサタンから解放されるためだったら惜しくない。そして、主はあなたをサタンから解放し、すべての罪からきよめるために、主イエスは豚二千匹どころではない、十字架の上で、罪のないご自身の血を流してくださいました。あなたはそれほど神様に愛されている、あなたはそれほどイエスさまにとって大切なのです。
あなたも今日、あなたに近づいてくださる主イエスに心を開いてください。主は、あなたを救ってくださるからです。
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