救いは小羊から
黙示録7章1〜17節
見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、大声で叫んで言った、「救は、御座にいますわれらの神と小羊からきたる。(9〜10)
私たちは黙示録を読みながら、御座にいますお方の右手に握られていた巻物を小羊が受け取り、その封印を一つ一つ解いていく様子を見てきました。それは決して楽しいことが起こってくるということではなく、神の裁きとしての様々な災いが次々に起こってきました。けれどもこの7章で出てくるのは、そのような多くの災難の中にあって、神の民を守って下さる主のお働きがあり、また主の圧倒的な勝利を祝う舞台設定がどんどん進んでいくという姿でした。そして、主によって救われた私たちも主をあがめながら、主の救いの完成の時を待ちます。
白い衣を着せられる
世界中から白い衣を着て集まった人たちが主をあがめます。「救いはわれらの神と、小羊から来る」。まさに父なる神がその救いを用意し、主イエスがその救いを成就してくださったのです。あの白い衣を着た人たちは・・・それは、小羊の血で洗ったからこんなに白くなったのだ、と言われます。そうです。私たちの努力や、精進で、私たちは自らをきよくするのではありません。主イエスの血が私たちをきよくするのです。
神が私たちのうちに住んでくださる
「幕屋を張って共に住んでくださる」。主が共にいてくださり、私たちをおおってすべての危険から守り、またすべての必要を満たしてくださいます。いろいろな祝福があるでしょう。しかし、一番の祝福は、神が私たちと共にいてくださるということなのです。そして、神の子が肉体をとってこの世に来て、文字通り、私たちと共に住んでくださいました。私たちは共にいてくださる主をあがめ、心から感謝します。
真の牧者が私たちを導いてくださる
小羊なる主が、大牧者なる主イエスが私たちの牧者として、私たちを間違いなく導いてくださいます。主は私たちをいのちの水の泉に導き、私たちを慰め、私たちを休ませ、憩わせてくださるのです。
主にあがなわれ、白い衣を与えられた私たち、主が共に住み、牧者となって導いてくださる私たちは、喜びをもって主に仕えていきましょう。それはまさに、やがて私たちが移される御国の祝福につながっているのです。
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