恵みなるキリスト
ヨハネ1章1〜18節
わたしたちすべての者は、その満ち満ちているものの中から受けて、めぐみにめぐみを加えられた。律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおしてきたのである。 (16-17)
ヨハネは、主イエスの生涯を表す鍵の言葉は「恵み」であって、この方には恵みがあふれている。そして恵みに恵みを加えられている、と言います。では主イエスを性格づける「めぐみ」とは何なのでしょうか。
1 それに値しない者に
恵みとは、何かがんばった報酬ではなく、つまり何かしたことへの当然受けるべき権利としてではなく、全くそんな祝福をいただく資格はないにもかかわらず、与えられるものです。何に値するかというと、叱られる、裁かれる、捨てられる・・・それで仕方がないものなのだ。しかし神はそんなわたしをあわれんでくださった。主イエスの時代の宗教家たちは基本的に、自分たちはこんなにがんばっているのだから、神様の恵みを受けるのは当然だと考え、またがんばりが足りないといって他者を責めました。けれども、罪人のかしら、使徒の中でいちばん小さい者、使徒と呼ばれる値うちのないもの、である私が神様にこんなによくしていただいた・・・それが恵みなのです。
2 無代価で
恵みは「ギフト」です。主イエスは私たちに無代価ですばらしいプレゼントを与えてくださいました。それは無料で、その代価として何かを差し出すこともできません。それは完全にただです。ただってそんなうまい話があるわけがないでしょうか。でも知ってください。案外、私たちの歩みに一番大切なものは無料です。主は私たちにその「めぐみ」を下さるのです。
3 豊かに与えられるもの
主イエスはめぐみにあふれています。主イエスの恵みはつきることがありません。主イエスは私たちに恵みに恵みを与えてくださるのです。神様は決してけちくさい方ではありません。私たちのためにいつも最善をしてくださいます。神様はあなたはこのくらいで我慢しなさい、と少しずつ恵みをくださるのではなく、いつも豊かに与えてくださるのです。恵みにかえて恵みを―――まさに神様の恵みの世界は限界がありません。主はいつもさらに豊かな祝福を与えてくださるのです。
神は私たちを愛して、神様の一番大切なものを与えてくださいました。それがクリスマスです。そしてクリスマスにイエスさまが来てくださったのです。ですから、主が与えようとしてくださる恵みをありがとうございます、と感謝して受け取っていただきたいのです。
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