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主イエスの手に握られると
マタイ14章13〜21節
イエスは言われた、「それをここに持ってきなさい」。そして群衆に命じて、草の上にすわらせ、五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさいて弟子たちに渡された。弟子たちはそれを群衆に与えた。みんなの者は食べて満腹した。 (18-20)
イエスさまがガリラヤの向こう岸の寂しい場所に行かれたとき、すでにそこには多くの人たちが集まっていました。そんな人々の姿をごらんになって、イエスさまは人々を深くあわれまれました。主イエスは人々を教え、また病気の人たちをおいやしになりました。しかしイエスさまのお弟子さんたちは少々心配になってきました。そこは寂しい所だったのに、夕方が迫っていたからです。
弟子たちはイエスさまに進言します。「イエスさま、ここはさびしいところでもあり、もう時も遅くなりました。群衆を解散させて、それぞれ近くの村々に行って、食物を買ってこさせましょう」。でもイエスさまはおっしゃいます。「あなたがたの手で食物をやりなさい」。弟子たちは言います。「わたしはここにパン五つと魚二匹しか持っていません」。しかし、主イエスはそれをここに持ってきなさい、とおっしゃって、五つのパンと二匹の魚を手に取って、天を仰いでそれを祝福したのでした。そして主イエスがそれを弟子たちに渡して配ると、みんなが食べて満腹し、余った分だけでも12のかごにいっぱいになったのでした。
弟子たちは五つのパンと二匹の魚しか、と言いました。当然だと思います。正直、途方に暮れる状況です。五つのパンと二匹の魚など「すずめの涙」としか言いようがありません。 しかし、主イエスはそこで何も困っておられません。そして、「それをここに持ってきなさい」とおっしゃいます。そして、主イエスがそのパンと魚を手に取られたときに、事態は動き始めたのです。
どうしたらよいのか分からない、究極的な行き詰まりの中で、あなたの持っているものを、もっというとあなた自身をイエスさまの手の中におゆだねすることです。すると主はあなたを祝福し、すばらしい御業をあらわして下さいます。けれども同時に、あなたがたの手で食物をやりなさいとおっしゃった主は、「あなたがたの手で」という主の言葉をその通りにしてくださいました。弟子たちがそのパンを配らせていただきました。ただそれは一旦、主の手にそれらが置かれてから。誰も弟子たちがやったとは言わない。主がそのことをしてくださったのです。
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