空にかかった祝福のしるし 創世記 9章1〜17節
わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。・・・にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこす。(13,16)
神は人間を神に祝福された者として造られました。しかし、人間は神に背いて、自分勝手な道を歩み始めたのでした。その時、人間の世界に悲しみや苦しみ、憎しみや恨みが入り込んできました。悲しいことですが、神との、そしてお互いの、愛の交わりの中に生きて行くはずの人間が、自分のために他者を利用し、自分のために、神の造られた世界を利用するのです。自分のためだったら他所をどんどん、傷つけ、壊していくことも厭わないようなそういう関係になってしまった・・・神は自ら造られた世界を水で滅ぼすことを決められたのでした。
けれども、神はノアとその子らを祝福されたのです。
1 結ばれた契約
「契約」という概念は聖書の中でとても大切なものです。神は私たちに一方的に恵みの約束を与えてくださるのです。聖書の契約は神がイニシアチブをとられます。まず神が一歩を踏み出してあなたを愛し救おうとされた。私たちはこの神の約束を感謝をもって聞くのです。
2 洪水の中での守り
神は失敗した人間を全部滅ぼすことはなさいませんでした。ノアとその子どもたちは罪のない人たちだったか。いいえ、けれども主は彼らに箱舟を作らせ、彼らを一年にわたって箱舟の中で支えられた。とんでもない裁きの中で、主はノアたちを守られたのです。イエスさまはおっしゃいました。裁きの時が来ます。そしてノアの時もそうだったように、最後の最後まで、悔い改めることなく、ただ、楽しみ遊んでいる人たちがいる。でもノアが箱舟に入って守られたように、今も、主イエスという箱舟にすがる人は、裁きにあっても救われるのです。
3 与えられた契約のしるし
でも、人間は雲が広がってくるときに不安になるかもしれません。ひょっとしたら、また地を滅ぼすような大雨が降るかもしれない。でも神はおっしゃいます。雲が出てくるとき、雲の中に虹が出る。そして虹が出るとき、神が神の契約を覚えておられる徴なのです。神は思い起こすとおっしゃいますが、もっと正確に言うと、神は忘れることなんかない、忘れそうなのは私たちの方です。ですから私たちは主を見上げる。ああ、神は私のことを、私のためにしてくださった約束を覚えていてくださるのだということを思い起こすのです。
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