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Tテモテ 5章1〜2節     2014年6月18日

老人をとがめてはいけない。むしろ父親に対するように、話してあげなさい。若い男には兄弟に対するように、年とった女には母親に対するように、若い女には、真に純潔な思いをもって、姉妹に対するように、勧告しなさい。(12)

 教会には、小さな幼な子から高齢者の方々までいろいろな立場・年齢の方々が集っています。自分の肉親もそうなのですが、たとい血がつながっていなかったとしても、主にある兄弟姉妹はみな、いわばキリストの血によって贖われた仲間であり、神を天のお父さまと受け入れる家族でもあります。歳を重ねていくと、今までできていたことができなくなるかもしれません。体のあちこちに痛みを覚え、またいろいろなことを忘れやすくなり、理解するのに今までより時間がかかるようになるかもしれません。周りにいるお互いも忍耐が必要な時が出てくることでしょう。しかし、そのような高齢者の方々を叱責しないことです。そのような人々が恥ずかしい思いをすることがないように、自分の父親・母親に対するように思い遣りをもって接することです。
 また若者たちを見ながら自分の時にはもっとしっかりしていたのにと腹立たしく思うこともあるかもしれません。しかし、真に純潔な思いと祈りをもって受け入れ、向き合う者たちでありたいと思います。

Tテモテ 5章3〜16節     2014年6月19日

真にたよりのない、ひとり暮しのやもめは、望みを神において、日夜、たえず願いと祈とに専心する・・・(5)

 聖書が書かれた時代、女性たちが仕事をし、一人で生きていくのは、今以上にとても厳しいものでした。夫を亡くして未亡人になると生活にも困窮することがしばしばあったのです。旧約聖書の時代から、神はやもめの保護者としてご自身を示され、またイスラエルの民にもやもめたちに特別な配慮をするようにと勧められたのでした。そのような聖書の勧めに従って最初の時代の教会もまた、教会がやもめたちの援助をするということがよくありました。
 しかし、若い未亡人の中には教会の援助を受けながら家々を遊び歩いて、無駄話に夢中になったり、中には道を踏み外す者たちさえいたのでした。パウロは若いやもめたちには再婚を勧めています。またお世話をすることのできる信者の親族がいる場合には教会ではなく、まずその親族がその未亡人のケアをするようにと命じます。そして、やもめたちに、望みを神において日夜祈ること、子女をよく養育し、よいわざに励むべきことを語るのでした。 

Tテモテ 5章17〜25節     2014年6月20日

よい指導をしている長老、特に宣教と教とのために労している長老は、二倍の尊敬を受けるにふさわしい者である。(17)

ここで言う「長老」は教会の指導的な立場にあった人々で、また説教や教育、伝道などにも当たりました。当時の教会は今のように一つの教会を一人の牧師が担当してというよりも、普段は「長老」を中心に信徒だけで礼拝を守り、特別な時に指導者が巡回してくるという形だったようです。ですから、この「長老」は家の教会の指導者と言ってもよいでしょう。
 パウロは教会における長老たちの果たしている役割を覚え、彼らに感謝しています。パウロやその直接の弟子たちだけでは、キリスト教が地中海世界に広がって行くことはなかったでしょう。確かにパウロは宣教の賜物を与えられており、また聖書をひもときながら人々を教えることに秀でていました。しかし、パウロは教会に指導者を立て、また彼らに長老を立てさせて、新しくできた群れをゆだねていったのです。もちろん、長老たちには多くのことが求められ、隠れたところで誠実に生きることが求めされていたのです。宣教と教えのために献身する人々が今も求められています。



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