chuo@8008amen.com


バックナンバー

 
旧約聖書
新約聖書
マタイによる福音書
マルコによる福音書
ルカによる福音書
ヨハネによる福音書
使徒行伝
ローマ人への手紙
コリント人への第一の手紙
コリント人への第二の手紙
ガリラヤ人への手紙
エペソ人への手紙
ピリピ人への手紙
コロサイ人への手紙
テサロニケ人への第一の手紙
テサロニケ人への第二の手紙
テモテへの第一の手紙
(章) 1 2 3 4 5 6
テモテへの第二の手紙
テトスへの手紙
ピレモンへの手紙
ヘブル人への手紙
ヤコブの手紙
ペテロの第一の手紙
ペテロの第二の手紙
ヨハネの第一の手紙
ヨハネの第二の手紙
ヨハネの第三の手紙
ユダの手紙
ヨハネの黙示録
Tテモテ 4章1〜5節     2014年6月15日

神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。 (4)

パウロは、真理からそれて、惑わす霊と悪霊の教えとに気をとられて、主イエスに対する信仰から離れ去って、偽善に捕らわれてしまう者たちが出ることになるということを、御霊によって知らされていました。パウロは彼らを「偽り者」というのですが、彼らは律法を守らなければ救われないとして、○○を食べてはいけないというような旧約聖書の食物規定を守り、非常に禁欲的な生活をしました。一見、彼らは熱心に見えますし、また宗教性に富んでいるように見えたことでしょう。しかし、彼らはその律法の行いに熱心になる中で、主イエス・キリストのあがないにより、信仰による救いというところから離れて、自分の義を立てようとしていました。自分の熱心さや宗教性によって自らを救おうとしたのです。
 しかし、パウロは、旧約聖書の食物規定に対しても新しい光を当てます。信仰をもって感謝して受けるなら、それはみな良いものだ、神が造られたものなのだから、というのです。大切なのは、何を食べるか食べないかではなく、信仰と感謝と祈りをもって生きることなのです。

Tテモテ 4章6〜10節     2014年6月16日

信心のために自分を訓練しなさい。 4:8からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後の世のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。(7〜8)

パウロはテモテが、キリスト・イエスのよい奉仕者となることを期待し求めています。私たちがよい奉仕者となるためには、信仰の言葉・良い教えの言葉を聞いて、他の兄弟姉妹たちにも教えることです。「教える」ということは、教える本人にとってとてもよい学びとなるからです。
 また何を聞くかに気をつけることです。「俗悪で愚にもつかない作り話」ばかり聞いていると、信仰の真理からはずれてしまうことでしょう。
 もう一つパウロが言ったのは、「信心のために自分を訓練する」ということです。文語訳聖書はこのところを
「自ら敬虔を修行せよ」と訳しました。「信心」「敬虔」には修行がいるというのです。もちろん、私たちは修行によって救われるのではありません。しかし、救われたお互いは、自分の好きなこと・楽なことだけしているということではなく、ある意味、信仰の戦いや日々の忠実な歩みの中で造られていくのです。

Tテモテ 4章11〜16節     2014年6月17日

あなたは、年が若いために人に軽んじられてはならない。むしろ、言葉にも、行状にも、愛にも、信仰にも、純潔にも、信者の模範になりなさい。(12)

 テモテはエペソの教会をまかされています。その意味で、彼が教会の信仰が曲がってしまわないように、異なった信仰が知らず知らずのうちに教会の中に入り込んでしまうということがないように気をつけているということは、彼に与えられた大きな責任でした。しかし同時に、パウロは「自分のことと教えのこととに」気をつけるようにと教えます。指導的な立場に立っていたとしても、なお、私たちは自分の信仰の歩みを問い直すことを止めてはいけません。
 パウロは若いテモテのことを心配しています。エペソの教会にもテモテより年輩のキリスト者たちが多くいたことでしょう。中には、テモテの若さのゆえに、テモテを馬鹿にして従わないような人々もいたかもしれません。ですからパウロは、言葉で人々を教えると共に、信者の模範となるようにと言います。キリストにある生き方を、その言葉・行状・愛・信仰・純潔をもって示していくのです。そして神はそのことをあなたにも求めておられます。


礼拝メッセージ
毎週日曜日の
礼拝での
メッセージから


生活の処方箋
日々を楽しく過ごす
ためのヒントが
ここに