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Uペテロ 3章1〜7節     2014年10月22日

それは、聖なる預言者たちがあらかじめ語った言葉と、あなたがたの使徒たちが伝えた主なる救主の戒めとを、思い出させるためである。(2)

 最初の頃の教会は、主イエスの再臨が自分の生きているうちに来ると信じていました。しかし、一年たち、二年たち、十年、二十年と時が過ぎていく内に、中には、主イエスは本当に再臨されるのだろうかという疑いを持つ人々が出て来ます。また、主イエスの再臨などないのだと言い出して、自分勝手な生き方に戻っていく人々もいたのです。
 ペテロはそのような中でこの手紙を書いています。それは読み手たちに、語られた御言を思い起こさせるためです。主イエスの再臨のこと、また主イエスを信じてどのように生きるべきかということは、多くの預言者たちによって、また使徒たちが聞いて人々に伝えた主イエスの言葉によって明らかでした。この目に見える世界はいつまでも続くものではありません。ノアの時代の洪水の時に残ったものも、すべてが過ぎ去る時が来るのです。ペテロはもう一度、読者たちを神の語られた約束、その御言に立たせるのです。

Uペテロ 3章8〜13節     2014年10月23日

ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。(9)

 ある人々は、主イエスはもう一度来るとおっしゃっていたのに遅すぎると考えました。しかし、ペテロは永遠の中に住んでおられる神にとって、千年も一日のようであり、一日も千年のようだと言います。神は決して再臨を遅らせておられるのではありません。そうではなく、私たちに対して忍耐しておられるのです。主の再臨を待ち望んでいる私たちは、再臨が来る前に人々が悔い改めて神に立ち返ることができるように福音を宣べ伝え続けなければなりません。
 やがて目に見えるすべてのものが過ぎ去る時が来ます。けれども、それは単なる破壊と消滅の日ではありません。神は私たちのために新しい天と新しい地を創造してくださるのです。その日を待ち望む私たちは、目に見えるものに縛られ、目に見えるものだけにとらわれて生きるのではなく、約束してくださった主を信じ、聖なる主の喜ばれるきよい生活を積み重ねていくことが大切です。

Uペテロ 3章14〜18節     2014年10月24日

愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。(14)

 ペテロはパウロのことを「愛する兄弟」と呼んでいます。この手紙が書かれた頃には、パウロが諸教会に書いた手紙が書き写されて各地において読まれ、旧約聖書と同じように受けとめられつつありました。そのような中で、ある人々はパウロの手紙に無理な解釈を押しつけて、自分の考えを正当化しようとしたようです。聖書を正しく解釈することはとても大事です。そのためには、聖書が全体として語ろうとしているメッセージを正しく理解することです。聖書の中から一部だけを切り取って、自分の思いのままに生きるために利用することがあってはなりません。
 私たちは主の再臨を待ち望んでいます。やがて主とお会いする日が来るのです。ですから私たちは、びくびくしながらではなく、安らかな心で主の御前に立つことができるように、今、この地上での歩みを祈り深く、また主を知る者とされたことを日々喜びながら歩みたいと思います。 



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