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民数記 33章1〜49節     2015年12月30日

イスラエルの人々が、モーセとアロンとに導かれ、その部隊に従って、エジプトの国を出てから経た旅路は次のとおりである。モーセは主の命により、その旅路にしたがって宿駅を書きとめた。(1〜2)

 主はモーセに、イスラエルの民の荒野での旅路の記録を書き記しておくようにと命じられました。イスラエルの民は神の力強い御手によって導き出され、意気揚々とエジプトを出立しました。荒野を歩む中では、飲み水がないという試練を通ることもありました。しかし、主は水を与え、また泉のあるところにイスラエルを導いてくださいました。
 確かに荒野での四十年はイスラエルの民が従わなかった結果でした。もし、イスラエルの民がひたすら主に信頼していたらこの四十年はなかったと言えます。しかし、同時にそのような罪の結果としての四十年においてさえも、そこに主の守りとあわれみがあったことは本当に驚くべきことです。
 四十年の旅路を振り返ることは、モーセにとイスラエルの民にとって、神がどんなに真実であり、あわれみ深いお方であったかを思い起こす、とても大切なプロセスだったことでしょう。

民数記 33章50〜56節   2015年12月31日

しかし、その地の住民をあなたがたの前から追い払わないならば、その残して置いた者はあなたがたの目にとげとなり、あなたがたの脇にいばらとなり、あなたがたの住む国において、あなたがたを悩ますであろう。(55)

 神がイスラエルの民に与えようとしておられた約束の地、乳と蜜との流れる地には先住民が住んでいました。しかし、神はその地をイスラエルに与えるとおっしゃり、これからその地に入って行くにあたっては、その地の住民をことごとく追い払い、すべての偶像を打ち砕き、偶像の神々を礼拝するために用いられていた「高き所」をすべて破壊するようにと命じられました。今の私たちの判断基準をあてはめると神はずいぶん容赦のない酷なことを命じておられるように思います。
 しかし、当時の偶像礼拝は性的退廃や道徳的堕落と深く結びついていました。そして、聖なる神を知り、その民として律法に生きるようにと命じられていたイスラエルの民でさえも、彼らと共存しようとするときに、彼らの生き方の中に巻き込まれていってしまうことを神は知っておられたのです。私たちは主イエスの血によって全くきよくしていただいて、罪と一線を画した、筋の通った歩みをさせていただきたいと思います。



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