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エレミヤ 5章1〜31節    2018年3月5日

主は言われる、あなたがたはわたしを恐れないのか、
わたしの前におののかないのか。(22)

 主はエレミヤに、もしエルサレムに公平をおこない、真実を求める者がひとりでもいたら、わたしはエルサレムをゆるす、とおっしゃいます。確かに主の名を口にする人はいましたが、エレミヤはそこに真実な者を見いだすことができません。そこでエレミヤはもっと偉い人たちだったら、神のおきてを知って正しい歩みをしているに違いないと思うのですが、偉い人たちもまた主から心離れて生きていました。それなのに、人々は、主は裁きを下されることはないとたかをくくっています。滅びが迫っています。しかし、彼らは災難が臨んでも、自分たちの罪がそれらの災いを国にもたらしたということを理解していなかったのでした。
 私たちは主を恐れることを忘れてはなりません。神を恐れ、その御前におののいて生きるとは、単に宗教的な実践を積むということではなく、公平と正義とを行い、貧しい者・小さい者を助けるということでもありました。私たちは、今がよければよいということではなく、「その終わり」を見通していたいと思います。 



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