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申命記 23章1〜8節     2016年2月26日

しかし、あなたの神、主はバラムの言うことを聞こうともせず、あなたの神、主はあなたのために、そののろいを変えて、祝福とされた。あなたの神、主があなたを愛されたからである。(5)

 神は、イスラエルの民に対して、エドムびとやエジプトびとを憎んではならないと教えられました。エドムびとは、イスラエル民族の先祖ヤコブの兄エサウを始祖とする民族です。エサウは神の祝福の約束を受け継ぐことができませんでしたが、神はヤコブを通してエサウをも祝福しようとしておられました。またイスラエルの民は確かにエジプトで奴隷でした。しかし、同時に、そもそもイスラエルの先祖たちはききんの時代にエジプトに移住することによって命を生きながらえ、四百年以上にわたってその地に住んだのです。
 それに対して、アンモンやモアブに対しては非常に厳しい言葉が語られます。彼らはイスラエルの民を呪い、そして滅ぼそうとしたからです。しかし、神はその呪いを祝福に変えてくださいました。
 モアブに対する厳しい裁きの言葉・・・しかし、後に主はモアブをもあわれんで、モアブの女性ルツは、ダビデの先祖になっていきます。

申命記 23章9〜14節     2016年2月27日

あなたの神、主があなたを救い、敵をあなたにわたそうと、陣営の中を歩まれるからである。ゆえに陣営は聖なる所として保たなければならない。(14)

 ここでは約束の地にあって戦いに臨む時に、その陣営をきよく保つことが命じられています。確かにこのことは衛生的にも理にかなったことです。しかし、それ以上に、目には見えないけれども、確かに神はそこにいて、その陣営の中を歩まれることを覚えるようにと、このことを命じられたのでした。
 戦いは厳しいものであろうことが想像されます。そしてイスラエルの民は戦いに不慣れで、立派な武器や装備を持っているわけでもありません。しかし、イスラエルを救い、勝利を与えようとされる主が、そこにいてくださるのです。ただ同時に、主は聖なるお方ですから汚れたものはお嫌いになります。汚れたものを抱えたままだと、主はイスラエルを離れ去られるでしょう。
 このことは私たちの霊の戦いにおいても同じです。主は私たちを救い、勝利を与えようと、私たちのうちを歩まれます。ですから私たちは汚れを去り、聖なる歩みをさせていただきたいと思います。

申命記 23章15〜25節     2016年2月28日

これはあなたが、はいって取る地で、あなたの神、主がすべてあなたのする事に祝福を与えられるためである。 (20)

 神殿男娼とか神殿娼婦というのは、異教の習慣の中に広く見られるものでした。偶像の宮においてささげものをささげ、礼拝をする時に、その宗教儀式の一環として、神殿で仕える男娼や娼婦と情を交わすのです。しかし、イスラエルにおいてはそれは決してあってはならないことでした。(ただ後に、イスラエルに偶像が入ってきた時にはこれらの習慣も同じように持ち込まれてしまいます)。
 また同じイスラエル人同士で、利息をとって貸してはならないと言います。それではかえって損だと思うでしょうか。いいえ、主は従う者を豊かに祝福してくださいます。ですから、主に従う生き方が一番祝福をもたらし、また得なのです。
 口で言ったことは守るように、というのもある意味、当然と言えば当然です。ただ、私たちは都合が悪くなったり、それが損だと思えてくると案外容易に言葉を変えていきます。主の御前に真実な歩みを積み重ねていくお互いでありたいと思います。 



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