死は勝利にのまれてしまった   (Tコリント15章55-57節)

「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。死のとげは罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。

 日曜日の朝でした。三人の女の人たちが道を歩いていました。ため息をつき、暗い顔をして、うつむいて歩いています。みんなイエス様が大好きでした。イエス様こそが本当の救い主だと信じていました。でもイエス様は死んでしまったのです。

イエス様が捕まえられても、期待していました。イエス様が敵をやっつけて、逃げてくるのを。でも何も起こりませんでした。おしまいです。イエス様は死んでしまったのです。

イエス様が血を流して十字架の上で苦しみながら、お祈りになっていた時、きっといよいよ逆転劇が起こるんだ、そうに違いない・・・そう信じようとしました。でも何も起こりませんでしたおしまいですイエス様は死んでしまったのです。

イエス様は布でぐるぐる巻きになれて、お墓に入れられ、大きな石でふたをされて、暗いお墓の中に閉じ込められてしまいました。おしまいです。おしまいです。もうおしまいです。何にも希望はありません。

女たちは思いました。せめてイエス様のお体に香料を塗って差し上げよう。三人は暗い顔をしてうつむきながらイエス様のお墓に行きました。 

ところが女の人たちが顔を上げてみると、イエス様のお墓の石がどけられています。女たちは不吉な予感がしてお墓にかけて行きました。

女たちはお墓をのぞいてびっくりしました。イエス様の体がなくてイエス様を巻いていた布だけがそこに残されていたからです。

でもそこに輝いた着物をきた二人の人が現れて言いました。

「恐れることはない。あなたがたは十字架にかかられたイエス様を捜しているのでしょう。お墓を探してもイエス様はいません。イエス様はよみがえられたからです。」

最初のイースターの出来事です。死んだらおしまいだ!ってみんな言います。死と勝負して勝った人はいません。みんないつかは死んでいきます。でもただ一人、死を打ち破ってよみがえってくださった方がいらっしゃいます。イエス様です。

イエス様はおっしゃいます。死んでおしまいじゃない。私はよみがえって今も生きている。そして、あなたも死んで終わりではなくて、よみがえった私を信じる人は、私と同じようによみがえるのだ!

(2008.3/23)