そのなすところ皆栄える
  
      (詩篇1篇)

このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないようにそのなすところは皆栄える。  詩篇1篇3節

 今年、神が私たちに約束してくださっていることは、神があなたを祝福されるということです。

1 神の祝福の約束・・・皆栄える

あなたが何をするときにも、神さまはそのなすことを祝福してくださる。私たちは何事もほどほどを好みます。良いことがあまり続くと、そろそろ確率的には悪いことが起こるころだ・・・と考えるのです。けれども、聖書は、今年、私たちに、そのなすところ皆栄えると言います。

@流れのほとりに植えられた木

流れのほとりに植えられていたら、どんなに乾季になっても干上がってしまうことがないのです。試練や困難や問題や病の中を通ったり、さまざまな苦しみや悲しみを経験するかもしれません。けれども、干上がってしまわないのです。流れに向かって根を伸ばしているからです。

A時が来ると実を結ぶ

待つことも必要でしょう。けれども必ず実を実らせるときが来るのです。しかも、それはもみがらのような外見はそれなりに見えるけれど、中身がないようなものではなく、本物の良い実なのです。 

Bその葉はしぼまない

葉っぱが元気かどうかはその植物の元気さのバロメーターです。水が豊かに供給され、また病虫害からも守られて・・・そのなすところは皆、栄えるのです。

2 祝福を得る者の資質

さて、この皆栄える祝福にあずかるための資質・条件があります。

@悪しき者と共に歩まず・立たず・座らず・・・罪を犯す人と同じ調子で同じ道を歩むことをしない、歩んでいると、そのうちに立ち止まってしまう。そこにすっかり腰を下ろしてしまうのです。けれども、そこには神の祝福はありません。そのような生き方からは離れるべきです。そうでないと知らず知らずのうちに、飲み込まれてしまうのです。

A主のおきてを喜び、昼も夜もそれを思う・・・「おきて」とは神の御言葉のことです。御言葉はどんな御馳走よりも、また金銀よりも、貴く、慕わしいもの、また大きな喜びをもたらすものなのです。「思う」とは「口ずさむ」ことです。私たちはこの神さまの御言葉を文字通り、味わう者でありたい。その御言葉があなたを生かし、豊かにし、祝福に満たしていくからです。

神は「そのなすところは皆栄える」という生涯へと私たちを招いていてくださいます。神を讃美し、御言葉を掲げて進もうではありませんか。

(2008.1/6)