目をあげて畑を見なさい
  
      (ヨハネ4章28〜38)

目を上げて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。  (ヨハネ4章35節)

私たちはイエスを信じて、神の子とされ、神と共に歩んでいくと、自然とイエスのことを他の人にも伝えたくなるものです。そしてこれは神が私たちに願っておられ、結ばせようとしている実なのです。私たちはなぜで福音を伝えるのでしょうか。

1 神が願っておられるから

 神は自分で自己アピールをしようとすればいくらでもできたはずです。けれども、神は貧しい私たちを通して福音が伝わっていくという方法を選ばれたのです。

2 イエスを信じない人は滅びに向かっているから

 彼女は5回も結婚離婚を繰り返し、今も他の男性と同棲しているという女だった。道徳的・社会的に汚れただらしのない女というレッテルを貼られていたのです。けれども、そのような女にイエスは親しく語りかけ、彼女を導かれたのでした。それは彼女がこのままの生活を続けていたら滅んでしまうからです。

3 神を信じて生きるのは楽しくすばらしいことだから

 神を信じることはあまりにもうれしく楽しいことだからです。そして、そうしたうれしいことがあったら、きっと私たちは自分の親しい人、愛している人に伝えたくなってしまうのではないでしょうか。

イエスもそうでした。イエスはこのサマリヤの女にどうしても伝えたかったのです。神のことを誰かに伝えていると疲れも吹っ飛んでしまう。お腹の好いていたのも忘れてしまうほどだったのです。

4 畑は刈入れを待っているから

 まだ刈り入れにはまだ4ヶ月。でもイエスはもう一つの畑を見ておられました。それは人々が次々に神さまを信じていくという畑です。まだ早い、まだ早い。まだ今伝えても信じないだろうと、私たちは言うでしょうか。けれども畑は色づいている。刈入れを待っている。刈入れに入る人を待ち望んでいるのです。

5 それはすでに多くの労苦が積まれているからです

 種を蒔かないと実は実りません。多くの人の祈りと労苦が積まれています。だから私たちがしっかり福音を伝え、刈入れをしないといけない。種まきを続けていかなければならない。そして私たちは皆共々に喜ぶのです。

あなたも福音の種を蒔いていきましょう。収穫に出て行きましょう。イエスが見ておられるように、刈入れを待っている色づいた畑を見るものでありたいと思います。

(2007.11/4)