喜びにあふれて
(ピリピ4章4〜7節)
あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。 (ピリピ4章4節)
聖書は私たちに私たちの内側から涌いてくる豊かな喜びを約束しています。まさに神様はあなたを喜ぶ人に変えてくださるのです。
1 主イエスを知った喜び(3章)
何よりも大きな喜びはイエスさまを知ることができた。みなさん、イエスさまを信じるって、やさしそうでやさしくない。当たり前のようで当たり前でない。信じている人にとってはすごく普通のことなのに、ある人々にとってはとても難しいこと・・・。そんな中で、あなたがイエスさまを知ることができたらそれは大きな喜び。他のものはみんなかすんで見える。それは主を知ることにまさることはないから。私たちを動かすのは私たちの土台にあるのは救われたと言うこと。その喜び。
2 主イエスと共に歩む喜び
わたしたちは「いつも」喜びます。それは日々にということでもあります。わたしたちは主と共に歩んでいく。主が私と一緒にいて、私を支えてくださるという喜びです。「いつも」と言うときにひっかかるのは、私たちの周りにはとてもではないけれども喜べない事柄が山積みだと言うことです。何で?というような現実がある。神様なんていないんだと言いたくなる。でも、神は生きて、あなたの生涯の中に働き、栄光を表してくださる。すぐに喜べないかもしれない。うれしくないと思う。でも神様は必ず私たちに喜びを与えてくださる。このお方にはどんなことでもおできになる。私たちの主にある歩みが無駄になることはないのです。だから、パウロは安心して、「主にあっていつも喜んでいなさい」と呼びかけるのです。
3 主イエスと再会する喜び
パウロは高らかに叫びます。私たちの国籍は天にある。私たちは主イエスを待ち望んでいる。やがて私たちは主とお会いする。私たちのこの卑しいからだが栄光の体に変えられる日が来る。私たちのうちに良い業を始められた方がそれを完成してくださる日が近づいている。私たちを熱愛していてくださる主イエスとお会いする日が来る。だからパウロは言うのです。私たちには苦しみもあるけれど、でも喜びが湧いてくる。
私たちは主を知って喜び、主と共に歩んで喜び、主と再会する望みをもって喜ぶ・・・私たちに喜びを与えてくださるのは主です。だからパウロは<主にあって>というのです。
(2007.7/15)