愛を求めて
  
      (Tコリント13章1〜8節)

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。  (Tコリント13章4〜8節

コリントの教会の人々はみなとても賜物にあふれて人たちだったようです。けれどもパウロは言います。どんなにすばらしい賜物をもっていても、愛がなければ虚しい・・・

1 愛とは動機の問題

 もちろん、口先だけの愛は愛とは言わないのかもしれません。けれども同時にどんなに大きな犠牲を払い、どんなに大きなことをしても、私たちの心の中、動機の部分が問題にされています。あなたの行動の動機は何か・・・ということなのです。

2 愛の性質

 それでは愛とは何なのだろうか。パウロは愛のチェックリストをここにあげます。

愛の積極面

@愛は寛容・・・愛する人はすぐに人を裁かない、人にレッテルを貼りません。他者の存在と行為を自分にとっての価値だけで判断しない。受けいれ続ける、交わりを断たない。

A情け深い・・・害を加えようとする者にも能動的に親切にします。

愛の消極面

Bねたむことをしない・・・どうせ私なんかと、他者をうらやまない

C高ぶらない・誇らない・・お前はいらないと他者を卑しめたり、自慢をしたりしない

D不作法をしない・・・他者の人格を忘れないデリケートさを持つ

E自分の利益を求めない・・自分が得をすることばかりを考えない

Fいただたない・・・憤りを感じない、怒らない

G恨みをいだかない・・・人にされた悪いことも記録をとっておかない

H不義を喜ばないで真理を喜ぶ・・・愛は正しい道を選びます。

愛の包むもの

Iすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える

Jいつまでも絶えることがない・・・愛はあきらめない、降参しない

3 愛は御霊の実

 このような愛が私たちの生活の背後に必要だとしたら、一体私たちは歩んでいくことができるのだろうか。かなり厳しいように思います。だから聖書は「愛は神から」と言い、また「御霊の実」だと言うのです。私たちが踏ん張って、絞り出して生まれてくるものではありません。私たちがイエスさまにつながっているときに、この愛の実を結ぶことができるようにされるのです。

(2007.6/10)