教会の誕生日
(使徒行伝1章1〜11節)
ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。 (使徒行伝1章8節)
今日は、ペンテコステの日です。私たちに誕生日があるように、教会にも誕生日があります。
イエスは十字架と復活の後40日の間、御自身の復活された御姿をいろいろな人々にお示しになられました。また不安と恐れの只中にいた弟子たちに向かって「ただ聖霊があなた方に下る時あなた方は力を受けて…私の証人になるであろう」と語られ、神の使命である宣教の命令を与えられました。そして、彼らが10日間祈った時に、聖霊が彼らに降られ、出来ない事ができるようにされていった事実を聖書から見ることが出来ます。旧約聖書の時代の神の御約束がイエスの時代の後に起こりました。誰でも求める者にはこの聖霊が100%与えられることが約束されています。この私たちが生きている今は、教会の時代です。この教会に託されたのが、この宣教命令でした。
この大宣教命令は、やってもいいやらなくてもいいのではなく、命令ですから、100%従わなくてはいけませんし、従うことが出来るのです。この聖霊に満たされた時、彼らは不安と恐れから解放され、全く自由に語りだすことができました。これによって生まれたのが、教会でした。この弟子たちの変えられた姿、そして十字架と復活の聖書のメッセージを聞いた人々もまた豊かに生かされていくことを、使徒行伝全体から見ることが出来ます。
私が初めてロシア宣教のことを思わされたのは、献身する前の近畿教区の世界宣教大会でした。1991年12月ソビエト連邦が崩壊して、たくさんの宣教師や奉仕者が聖書配布のために入国しました。その映像を見て創世記12章1,2節の御言が私の心に留まり頭から離れませんでした。
私は宣教の学びを終えて、この一年、モスクワ大学での語学研修に行かせて頂きました。聖書のことをロシア人に教えられるための人材はまだまだ足りません。求めてきた人には伝道することは許されています。確かに、外国人を排斥していく方向があります。けれども、国が閉ざされるかもしれない中でも、遣わしていただけるように準備していきたいと思っています。
聖霊を頂き大胆に主の十字架と復活を語り続ける時、私たちも、私の回りにいる人々も生かされ豊かな人生を歩むことが出来るのです。
(2007.5/27 河瀬愛子 師)