豊かな実りへの選びと召命
(ヨハネ15章 16〜17節)
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。 (ヨハネ15章16節)
1 イエスを選ばなかった私たち
私たちの信仰の土台は、私たちがイエスさまを選んで、従っている、というそこにはありません。これから弟子たちはみんなイエスさまを捨てていきます。一番、イエスさまについて行くべき時にイエスさまを見捨てて逃げるのです。こわくなって、自分のいのちを惜しむのです。それが、私たちの現実です。
2 私たちを選んでくださった神
私たちの信仰の歩みは、まさに、この主イエスの選びにあります。私たちの側にはないのです。これは、本当に感謝なことです。私たちは弱く、頼りなく、変わってしまうことがあります。けれども、私たちを選んだとおっしゃる主は決して変わることがないからです。
3 神の選びの目的
神は私をご目的をもって選んでくださいました。それは、私たちが、行って、実を結び、いつまでもその実が残るため、です。
@ 行って・・・私たちが出て行くことを主は期待しておられます。ここにいて、誰かが来るのを手をこまねいて見ていてはいけないのです。主のいのちによって生かされた私たちは出て行くのです。
A 実を結ぶ・・・たいした実は結べません、神さま、そんなに期待しないでくださいね、と言いたくなります。けれども、主はおっしゃいます。私につながっていたら、必ず、豊かに実を結ぶのだ。主が、神をお喜ばせし、多くの人たちに、その麗しさを証しするような実を結ばせてくださるのです。
B その実がいつまでも残る・・・その実を結んだのが誰かということは忘れられていくかもしれません。けれども、私たちが結ぼうとしている実は時代を超えて残っていきます。
主はわたしたちに期待しておられます。重荷に思わないでください。主がそのことをして下さるからです。開き直らないでください。主はあなたのためにすばらしい実りをすでに備えていてくださるからです。
(2007.5/6)