目的をもって造られた神の作品
  
      (エペソ 2章 10 〜 22 節)

わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。  (エペソ210節

パウロはエペソの教会の人々に私たちは神の作品だと書き送りました。神は私たちを、目的をもって造られたのです。

1.良い行いをするため

 それは私たちが『良い行いをするように』であるとパウロは言います。なぜなら、かつてはそうではなかったからです。それぞれ思いのままに生きていて、神の目的とはかなりずれていた。その私たちが救われたのは、4節以降にありますように、神のあわれみであり、恵みによります。神の大きな愛によって、私たちは滅びることなく、キリストと共に生かされているのです。

2.和解するため 

 14節、『キリストはわたしたちの平和であって、〜敵意という隔ての中垣を取り除き、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ』るために、私たちを新しく造られたのだとあります。ユダヤ人も異邦人もキリストの十字架によって、一つとなり、神と和解させていただける。これも神が与えてくださる目的です。神に礼拝を献げることこそ、良い行いだと言われているのだと思います。更に、『良い行いをして日を過ごすように』とありますから、父なる神に近づくこと、それは私たちの日常となるべき行いでしょう。

3.教会を建て上げるため

 神は、私たちが『良い行いをして日を過ごす』ために、まず私たち一人一人が『霊なる神のすまい』となる目的を備えられました。その私たちが組み合わされるときの成長、私達の教会全体としての成長について神は、大いに期待されているようです。私たち一人一人は、イエス様が隅のかしら石となってくださり、使徒たちや預言者たちの伝承や預言という土台の上に建てられて、『建物全体が組み合わされる』神を礼拝するために、私たちは一つとなるのです。

私たちは、目的をもって造られた神の作品です。一人一人が神との交わりを日常とすることができますように。また、集められました私たちが、主にあって一つとなって、神に喜ばれる教会となることが出来ますように。教会全体として成長していくことが出来ますように。

(2007.3/18  井下泰文 修養生