人にはできない神にはできる
(ルカ 18章 18 〜 34節)
人にはできない事も、神にはできる。 (ルカ18章27節)
一人の役人がイエスの所に来て尋ねます。「何をしたら永遠の命がえられましょうか」。彼は真面目な人間でした。彼は多くの信頼を得、青年の時から、役人として人々のために尽くしてきました。
でも彼は自分の内に永遠の命があるという確信がありませんでした。ですからイエスさまの所に来たのです。決して知ったかぶりをすることなく、正直に自分の欠けを認めて、主イエスに知恵を求めたのです。
ところが彼は悲しんだと聖書は言います。イエスは何を求められたでしょうか。それはたった一つのことでした。それは自分の持ち物を売り払って、貧しい人に分けてやること(それはお金に信頼しないで神に頼る生涯への招きでした)、そして主に従っていくと言うことでした。
1 人にはできない
この役人は「何をしたら」と尋ねました。彼はそこそこ自分ではいい線いっているのだけれど・・・・と考えていたでしょうか。もし彼が行って、持ち物を全部売り払って、イエスさまに従ってきたら、その時には彼は永遠の命を自分の力で手に入れることができたでしょうか。これもノーです。イエスさまの答えは「人にはできない」ということだったのです。私たちがどんなにがんばっても、努力しても人にはできない、自分の力で永遠の命を買い取ることはできないのです。
2 神にはできる
けれどもイエスはおっしゃいました。神にはできる。それが誰であっても、悲しんで立ち去る必要はありません。子どもであっても、取税人であっても、やもめであっても、神はその人がご自身にすがり、従ってくるときに、その人をお救いになることができるのです。
けれども「神にはできる」と言う、その神は一体どのようにして私たちを救ってくださったのでしょうか。神の子であるイエスを人としてこの世に送り、私たちの罪の身代わりとしてささげてくださったのです。神の子が、あざけられ、はずかしめられ、つばきされ、むち打たれ、殺されました。そこまで本気になって神は私たちを救ってくださったのです。
そして神はその十字架のイエスをよみがえらせてくださいました。「神にはできる」。まさに可能性は0%、罪の中に死んでいた私たちが生きる道を、イエスは開いてくださったのです。人にはできないが神にはできる。あなたもこの神にすがりませんか。
(2007.2/25)