わたしにならう者になりなさい
  
      (Tコリント4章  14 21)

そこで、あなたがたに勧める。わたしにならう者となりなさい。このことのために、わたしは主にあって愛する忠実なわたしの子テモテを、あなたがたの所につかわした。彼は、キリスト・イエスにおけるわたしの生活のしかたを、わたしが至る所の教会で教えているとおりに、あなたがたに思い起させてくれるであろう。            (Tコリント 41617


 テモテは小アジアのルステラに住んでいました。テモテはギリシャ人の父親をもっていましたので、割礼は受けていませんでしたが、信仰深い祖母ロイスと母ユニケの薫陶を受けて育っていきました。そして彼は幼少の頃から聖書に親しみ、神を信じる者としての素地が作られていったといってよいでしょう。
 テモテが最初にパウロに出会ったのは、パウロの一回目の伝道旅行の時でした。このルステラの町ではパウロが足の不自由な人を癒してあげたことをきっかけに、パウロたちを「ゼウスだ、ヘルメスだ、神さまがお下りになった」と大騒ぎが起こった町です。けれども、最後にはパウロはユダヤ人たちに石を投げられて、死んだようになって町の外に放り出された・・・それがルステラでした。
 このルステラの町で、テモテと家族はパウロからイエスこそが旧約聖書に約束されていた救い主であることを聞いて主を信じたのでした。
 さて、テモテが次にパウロと出会ったのはパウロの第二次伝道旅行の時でした。パウロはわざわざルステラの町に寄りました。テモテをぜひ一行に加えたいと思ったのです。
 若いテモテは、パウロと一緒に旅を続けました。そしてパウロと寝食を共にしながら、彼に学んだのでした。パウロが願っていたのもそのことでした。パウロにして「キリスト・イエスにおける私の生活の仕方」と言わせたものをテモテは身につけていったのです。ですから、パウロは自分の代わりにあちこちにテモテを遣わすほど、テモテを信頼していたのでした。

 私たちのキリスト者の生活においても、ならうべき模範を持つと言うことはとても大切なことです。同時に、私たち一人一人が、自分より後から信じる人たちのために、また自分よりも年下の人たちのために、一歩先を歩むものとして良き模範を示すことのできる者でありたいのです。「私のまねはしないでくださいね」ということではなく、神の恵みによって作られて、「主にあってどう生きるかと言うことを知りたかったらどうぞ私を見てください」と言える者でありたいと思うのです。

(2006.11/12