人生の大転換
(Tヨハネ 4章 7〜 12節)
主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。 (Tヨハネ3章 16節)
このヨハネの手紙を書いたヨハネは最初はこのような「愛」を語れる人物ではありませんでした。彼は気の荒い、野心家の漁師で、雷の子とあだ名され、気が短くて直ぐにかーっと頭にきてしまう人でした。また自分から主の右、左に座らせて下さいと願いました。けれどもそんなヨハネを神は愛の人に造り変えてくださったのです。彼は一体どこで、そのように変えられたのでしょうか。
1.主の側で御声を聞き続けた
3年間の主との指導、交わりもありましたが、決定的に変えられたのは、イエスが十字架につけられる前夜の最後の晩餐の席上であったと、思います。一番大切な席で、一番若いヨハネは主の真横に座り、真剣に主の御言を聞き漏らさぬように求めました。人生の第一の転機は、常に耳を傾けながらその御言に自分自身の人生をお任せていくことです。私たちの人生の中で本当に神の御言が竹の節のように打ち込まれながら生活する、そんな中で私たちの人生は変えられていくのです
2.十字架の許に留まり続けた
他の弟子たちは逃げ出しましたが、ヨハネはマリアと共に十字架の許で7つの主の言葉に耳を傾き続けていました。主イエスの負ってくださった罪の呪い、そして主の愛の祈りをヨハネは聞いていました。私たちの身代わりとなって死んで下さった十字架の許で、御言が私たちを支え、神が私たちのうちに力を与え続けて下さるのです。
3.復活の主に出会った
主が完全に死んだことを目の前にしていた彼にとっては、墓が空っぽであることは言葉に表せないほどの驚きでした。復活された主が目の前に現れて下さった。ヨハネの努力でもなく、まさにそういう出来事の中からイエスが神の御子とわかったのです。主の御言を聴きながら十字架の許に身を置き、復活の主を仰ぎながら生きる時に私たちの人生は変えられ、変っていきます。主はヨハネの人生に起こったことをあなたの人生にも起こしてくださるのです。
(2006.9/10 平田金次郎師)