わたしが命のパン
(ヨハネ 6章 30〜 40節)
イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない」。 (ヨハネ6章35節)
イエスは確かに私たちの財布の心配もしてくださるし、私たちのお腹の心配もしてくださいます。けれどもイエスさまがもっと心配しておられることがあるのです。私たちは自分の健康ことは心配する、銀行口座のことは心配する、子どもの成績のことは心配する。生きている間の地上の歩みについてのあれがないとかこれがないとかということは心配するけれど、永遠のことについてはあまり心配しない。体のことは心配するけれど魂のことは心配しない。
どうぞ知ってください。あなたの永遠のことを心配してくださる方がいる。あなたの魂のことを心配してくださる方がいる。それがイエス・キリストなのです。
2 命のパンなるイエス・キリスト
イエスは確かにお腹の空いていた人たちにパンをくださいました。けれども私たちはパンがあるだけでは満足できない。お金だけでは満ち足りない。ものが全てそろっていたとしても、私たちは幸せになれない。
イエスはおっしゃいました。これを食べたら飢えることがない。かわくことがない。これを食べたら永遠の命が約束される、そんなパンがある。イエスは私たちの永遠を、私たちの魂のことを心配してくださるだけではありません。ただ心配しているだけではなく、あなたに永遠を与え、あなたの魂を満ち足らせようとされる。どうやってそのパンを持ってくるのでしょう。イエスはおっしゃいました。私がそのパンだ。私たちに命を与えるためにイエスはご自身を差し出していてくださるのです。
3 命のパンを食べて生きよ
ほしいほしい。そのパンがほしい。それを食べるとはどういうことか。
@イエスの所に来ること・・・イエスの所に来ることです。そのパンをあなたにくれるのは他の誰でもない。イエスだけだからです。
Aイエスを信じること・・・命のパンを食べるとは、イエスを信じることです。イエスに信頼して、このお方にすがることです。
この命のパンなるイエスを信じる者はこのイエスの献げてくださった尊い命のゆえに、永遠の命を持つことができるのです。
(2006.5/28)