この岩の上に
  
      (マタイ16章 13〜 20節)

そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。 (マタイ16章18節)


 私たちは信仰を持って、バラバラに歩んでいるのではありません。確かに悔い改め、信仰を持って神に立ち帰るのは一人一人の責任なのですが、同時に私たちは信仰をもって教会につながれていくのです。

1.「私の」教会

 まず私たちがこの朝、覚えたいことは、教会はイエスのものだということです。なぜならキリストがご自身の血をもって買い取ってくださったからです。そして、このキリストは教会を投げ出すことはなさいません。確かに教会も過ちを犯し、また罪に陥ることがあります。けれども、キリストは教会を捨てられません。投げ出されません。かえって弱い私たちのことも「北新宿にある私の教会」と言ってくださるのです。

2.私の建てる教会

 イエスはあなたがたがしっかり建てなさいとはおっしゃいません。「私は・・・建てよう」とおっしゃるのです。キリストご自身があがないだした者たちを用いて、教会を建てられるのです。これはイエスを信じる者たちの群れを生み出し、育てようというイエスの宣言です。神さまがそのことをしてくださるのです。

3.岩の上の教会

 イエスは「この岩の上に」とおっしゃいます。この信仰告白、イエスこそが生ける神の子、旧約聖書にも約束されていた救い主と信じる人は救われるのです。この信仰こそが岩、教会の土台です。イエスは神の子、救い主という告白は変わらない教会の土台です。洪水が押し寄せ、風が吹きつけるような試練の時があっても、そしてこれが動かなければ、嵐の中にあっても大丈夫なのです。

4.天国の鍵を持つ教会

 イエスはこの教会に大きな使命を与えてくださいました。それは天国の鍵です。一人でも多くの人たちが主を信じて天国に入るように招き、働き続けるのです。罪のゆるしを宣言し、時に罪を指摘して悔い改めを迫るのです。それは天国の大使として務めです。

 私たちの教会もペテロと同じ信仰の上に立ち、神のものとされ、イエスによって建て上げられ続けています。私たちも天国の鍵をあずかっている者として励んでいきたいと思います。


(2006.5/21