神の子として歩む
  
      (ローマ8章 12〜17節)

あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。 (ローマ8章15節


 私たち人間は、罪深いもので、どこまでも自己中心的で、自分の力によっては神を信頼して従い、隣人を愛することは出来ません。自分自身の努力によっては罪から解放されることはできないのです。

 ですから聖書は人間が救われるのは、私たちの善行・努力によるのではなく、神の恵み、私たちのために成し遂げて下さったキリストの十字架の死と復活を信頼して受け入れ、従うことによる、と語ります。

恵みによって救われた私たちが恵みによって生きることができるように、神は、私たちに必要な恵みをすべて備えて下さり、力と慰めを与えて下さいます。この世界には、自分の栄誉、欲望のために自己中心的に歩み行き着く先が死である、肉に従う生き方と、主キリストを信じて聖霊様に導かれて、常に神への信頼と愛をもって従い、隣人を愛し、赦し合い仕えて歩む生き方とがあります。

信仰を与えられた私たちは単なる義務感や罰への恐れから奴隷のように神に従うのではなく、愛されている子どものように自発的に神に従いましょう。私たちが神の愛されている神の子として生きる秘訣は、神のなされたことに信頼して委ねて受け取り、聖霊様に古い自分を明け渡すことです。神は愛と知恵と力に富んでおられ、私たちの人生を導かれ、顧みて下さいます。私たちには乏しいことがありません!どんな小さいことでも神のご計画とご配慮に従って起こるのです。その神に信頼する時、すべてのことを神の御手に委ね、喜んで受け取ることができます。

私たちは苦難や試練を通して聖い、愛の神に似た者、神と交わりを持つ者へと造り変えられます。また神の子である証しを頂くのです。神に従うことのテストとして戦いは確かに存在します。私たちが目に見える状況、自分の経験判断よりも神の愛と私たちをいつも助けて導かれ、すべてのことを働かせて私たちの最高の益と変えて下さるとの神の約束の確かさに信頼して従うためです。そして天国の栄光をキリストと共に私たちに相続させて下さるのです。

今、私たちは何を土台として生きているのでしょうか。自分の能力や善行功績にではなく、どんな時でも神の変らない愛と真実に全面的に信頼して感謝し、神に従っていきましょう。

(2006.3/26  粟屋信吾修養生