信仰・愛・主と共なる業
  
      (ヨハネ6章 3〜13節)

そこで、イエスはパンを取り、感謝してから、すわっている人々に分け与え、また、さかなをも同様にして、彼らの望むだけ分け与えられた。 (ヨハネ6章11節


 世界中にはいろいろな危機があります。そのような中で唯一の答えは主イエス・キリストです。主は私たちの考え・思い、状況、問題をすべてご存知であり、私たちがどこにいても主は私たちを助けることがお出来になります。

私たちの信仰が試練の中で本物か試される時があります。本当の信仰は、私たちの前にある問題にかかわらず神の御言を信じて神の約束を握ることです。神の恵みのしるしがどこにも見えないように感じる、困難な時も信じて祈る信仰を主は求めておられます。信じる者にはどんなこともできるのです。私たちの親族、友人が主イエス様を信じて救われるという信仰をお持ちでしょうか。

この少年は真実な信仰を持っていました。5つのパンと2匹の魚は主の御手に握られ、神はきよめられ、それを増やされる。そこには驚くほどの恵みと力が働くのです。私たちの信じ求めるところをはるかに超えて応えて下さるのです。神の力には制限がないからです。

少年の行為、それはイエスに対する愛の献げ物であり、人に分け与える愛の行為でした。神を愛し、お互いが愛し合う、そこにこそ神は働いてくださいます。

そして私たちも主と共に働くのです。あなたの献げるべき5つのパンと2匹の魚は何でしょうか。私たちが備えなければならない責任があります。私たちのいろいろな問題・困難を押しのけなさいと、主は言われます。私たちの日毎の歩みに祈りはとても大事です。祈りは神と私たちの双方向のものです。漠然とでなく、目的をもって具体的に話かけるように、状況をそのままもっていき、助けて下さいと祈ることです。

主の御前に来るならば、すべての人が満腹することが出来ます。どれほど多くの人がいても、すべての人が命のパンを手にすることが出来ます。神の恵みは、物質的・霊的・身体的にも溢れるばかりです。神の恵みは弟子たちによってもう一度集められなければなりませんでした。少しも無駄にならないように、神の恵みを拾い集めるのは私たちの役割です。本物の信仰を持ち、主と共に働く準備をして、すでに心の中に主をお迎えしていますか。大事なことは、私たちが主の御手の中に置かれることです。

(2006.3/19  クリストファー・サン師