感謝を忘れない
  
      (ルカ 17章11〜19節)

そのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきて、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。 (1ルカ 17章5,16節)


 ここに出てくる10人の病人たちはイエスと知って、声を張り上げます。「私たちをあわれんでください」イエスは彼らに、祭司たちのところに行くようにとおっしゃいました。そして彼らがその通りにしたときに、彼らの病気は治りました。

 神は真実なお方で、私たちの求めに豊かにこたえてくださいます。けれどもイエスは、九人が神に感謝を献げようと帰って来なかったことをとても残念に思われ、帰ってきた一人をとても喜ばれました。神は私たちにも感謝にあふれて生きることを求めておられるのです。それはまさに感謝して生きるというこそが、信じて歩むと言うことだからです。

1 イエスのところに帰ってくる

 まず大切なことは私たちが日々の歩みの中でいつも、イエスさまの所から出発して、イエスさまの所に帰ってくることです。毎日、イエスさま今日も宜しくお願いしますと一日を始めて、一日を終わるとき、もう一度「神さまこの一日も感謝します」と主のもとに帰るのです。

2 神をほめたたえる

 彼は大声で神を賛美しました。それは神をたたえる歌であり、また証の歌でもあったでしょう。彼が人々の前に出て神を讃美すると言うこと自体が大きな証だったのです。彼はそれまで、「自分は汚れています」と叫び続けなければならなかったのです。そんな彼が神をたたえるのを見て人々はどれだけ主をあがめたことでしょうか。

3 イエスを礼拝する

 三つ目に大切なことはイエスの足もとにひれ伏すことです。それはまさに礼拝です。私たちは神の恵みを覚えて、イエスを礼拝するのです。

終わりに・・・感謝しないと分からない恵み 帰ってきたのはたった一人でした。だらしないなあ・・・というのではなく、私たちも案外、感謝するのを忘れているかもしれない。そのことをおぼえていたいと思います。そして知ってください。神に感謝しに帰ってきた一人だけが経験できたことがありました。それはイエスの救いの宣言を聞くと言うことでした。「あなたの信仰があなたを救った」。別にこれは私たちの信仰力がすばらしいからということではありません。私たちの救いは100%神の業です。しかし、その救いを自分のものとしていただくためには神の前に感謝をもって近づくと言うことが必須なのです。

(2006.3/12)