七度目の正直
(ルカ 17章1〜4節)
もしあなたに対して一日に七度罪を犯し、そして七度『悔い改めます』と言ってあなたのところへ帰ってくれば、ゆるしてやるがよい。 (ルカ 17章4節)
「これらの小さい者のひとり」とはだれのことでしょうか。弱さをもっている、誘惑に弱い、罪を繰り返す、わたしに対して罪を犯す、と言った特徴がありますが、イエスは「彼はあなたの兄弟だ」とおっしゃいます。
律法学者たちは、あんな罪人・取税人、絶対に関わりたくないと思いました。けれども、イエスはそんな小さい者に積極的に関わることを私たちに求めておられます。
1 つまづきになるものを置かない
イエスは、小さい者をつまづかせるなとおっしゃいます。後にパウロはこう言いました。私は何でもする権利をもっている。けれども、その私の自由が誰かをつまづかせるなら、私はその権利を行使しない。正しいか間違っているか、善か悪かということではありません。弱い人への配慮をもって行動するというのです。
2 罪を指摘する
次にイエスが教えられたことは、罪をおかしている兄弟がいたら、そのことを伝えなさいということでした。裏でうわさ話をすることはよくあっても本人を愛し、しっかり向き合って、罪を指摘するのはエネルギーがいることです。そこには祈りが必要でもあります。
3 ゆるす
兄弟が私に罪をおかして、けれどもそれに気づき、それを認めて悔い改めるなら、ゆるしなさい、とイエスは教えられます。相手を信じ、ゆるし受け入れ続けるのです。
もし悔い改めなかったら、どうでしょう。そのときに私たちが思い起こすのは十字架の上でのイエスの祈りです。人々は全く悔い改めるそぶりもありません。けれどもイエスは祈られたのです。父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか分からずにいるのです。そんな相手のためにもゆるしを祈ることができる者としていただきたいのです。
あの羊飼いは迷い出た一匹の羊をたずね求め、また放蕩息子の父親はその弟息子を自分の愛する息子として受け入れました。それはまさに神の姿です。けれども私たちはまた自分自身もそのような人々とのかかわりを持ちたいのです。それは神が私たちにそのようにしてくださったからであり、また私たちにそのように願っておられるからです。
(2006.2/19)