すべての人を照らすまことの光
  
      (ヨハネ1 113)

すべての人を照らすまことの光があって世にきた。   ヨハネ1章 9節


イエスはすべての人とを照らすまことの光としてこの世に来てくださいました。「まことの光」と言うことは、光のように見えて、光でない、そんな偽物の光もあるということです。

この世に来たまことの光とはどのようなものなのでしょうか

1 まことの光はすべての人を照らします
  ヨハネはこの福音書を四つの福音書の最後に書いたと言われます。ヨハネがこの手紙を書いた時には救い主イエスを信じることによる救いはユダヤ人だけではなく、ギリシャ人の間でも、またローマ人の間でも、どこの国の人にも救いをもたらしていました。世界中、どこの国の人であっても、男も女も、老いも若きも、どんな性格の人も、満たされていたとしても渇いていたとしても、またどんなに罪深い人であっても、この光はすべての人を照らします。あの人には光は届かないということはないのです。この光はすべての人を照らします。

2 まことの光は命を与えます
 
この言葉には命があった。そしてこの命は人の光であった。この光は私たちの罪汚れを暴き出して、私たちを滅びに定めるのではありません。この光は私たちに命を与え、神の子となる力を与えるのです。光なる主を受け入れ、この方を救い主として受け入れるときに、この光は私たちに命をくださいます。光なるイエスを受け入れる者には、その人がどんなに罪深い人であったとしても、神の子の命が流れ込んでくるのです。

3 まことの光は闇を打ち破ります
  私たちの恐れという闇があります。私たちには不安という闇があります。そして私たちには罪という闇があります。パウロという聖書の偉大な宣教者はこう言っています。「あなたがたは以前はやみであった」。私たち自身が闇であって、闇を持ち運んでいるようなものだ。けれども神は恐れという闇も、不安という闇も、罪という闇も照らしてくださる。そしてどんな恐れも、不安も、罪も、行き詰まりもこのまことの光に打ち勝つことはない。どんなに私たちの心の闇が濃かったとしても、このイエスが来てくださるときにやみは逃げていくのです。

このまことの光なるイエスは本当にこの世に来て、私たちを照らして私たちに命をくださり、闇を打ち破ってくださるのです。

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