暗黒の地に輝く光
  
      (イザヤ917)

暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。 イザヤ9章 2節

1 暗黒の地

 イザヤはイエスがお生まれになるおよそ七百年前に活躍した預言者です。イザヤの時代、北イスラエル王国も南ユダ王国もとても困難な中にありました。そこには悩み・辱め・苦しみがありました。実際、このイザヤの預言の後、北イスラエル王国はアッスリヤ帝国に滅ぼされてしまいます。異邦人のガリラヤと言われるそんな地方。けれどもイザヤ自身はガリラヤばかりでない。エルサレムさえも敵の手に落ちて、北も南も国を失うことを見ていました。

 そのような困難があっても、王たちも、指導者たちも、また民も主に頼るということをしませんでした。まさにこのような心の状態・・・これこそが暗黒の地だったのです。

2 光によってもたらされるもの

@解放・・・イザヤは語ります。その闇の中を歩んでいる私たちが負っているくびきが折られてしまう。取り去られる。光は罪に捕らわれてどうにもならなかった私たちを救い出して罪からの自由を与えるのです。

A平和・・・この光が来るときにすべての戦いは止み、平和がもたらされる。それは単に戦いがない状態ではありません。神の祝福と恵みが満ち満ちている状態なのです。

B喜び・・・この光が来るときに私たちに刈り入れの時のように、獲物を分けるときのように喜びが与えられます。刈り入れに至るためには多くの苦しみがあります。けれども収穫の時にはすべての苦労が吹っ飛んでしまう。そのような押さえられない喜びがあるのです。

C光栄・・・ガリラヤはある意味、イスラエルの国の中でもお荷物と言いますか、敵が来るとすぐにその犠牲になってしまうような辺境の地です。けれどもそこが神の栄光をあらわす場に変えられてしまうのです。

3 光をもたらしたイエス

 そんなことが本当に起こるのだろうか。イザヤは言います。万軍の主の熱心がこれをなさる。神は本気だ。そのために一人のみどりごを送ってくださる。そして、その子こそが闇に光をもたらすまことの光だったのです。救いようのない闇のような中にイエスは光をもたらすために、来てくださいました。悩み・辱め・苦しみを取り去って、解放・平和・喜び・光栄を与えてくださる主を心から喜びたいと思います。

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