歳を重ねる祝福
  
      (詩篇  90篇)

われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。  (詩篇90篇12節)


 私たちの多くは歳はとりたくないなあと思います。けれども、同時に私たちは長生きしたいと願いながらも若くして主のもとに帰って行かれる方々も多くおられることを知っています。聖書は歳を重ねることの恵みと責任、そして祝福を語るのです。なぜ歳を重ねることは祝福なのでしょうか。

1 恵みの経験を積み重ねだから

 歳を重ねれば重ねるほど、私たちは多くの痛みや悲しみ、困難を経験します。大切なものや人をなくしたり、大きな悲しみを経験することもあるかもしれません。けれども、私たちが日を重ねていくということは多くの喜びや慰め、神様の恵みの経験をも積み重ねていくことなのです。

2 自分の限界を知り、神のあわれみすがることを覚えていくから

 確かに歳を重ねていくといろいろいわゆるガタが来るようになります。ああ、私の一生はやはり終わるのだなあと言うことが分かってきます。自分の人生ですべての問題を解決し、世界を救うことはできない。やがては自分のやりかけの仕事をだれかに託して私たちはこの世の生涯を終えていきます。若いときに自分で何でもできるかのように思っていたところから、ああそうでもないなあということが見えてくるのです。けれどもこのことはとても大切なことです。私たちは自分の限界を知る中で無限の神にすがることを学んでいくからです。ああ、自分の楽しみも喜びも全部神様から来るのだと言うことが分かり、また自分は本当だったら神の怒りの下にあったはずなのに、ただ神のあわれみによって生かされているのだということが分かってくるのです。

3 神の御許にいく日が近づいているから

私たちは歳を重ねて自分の人生の終わりが近づいてくることを知ると共に、神様が私たちを御許に帰らせてくださること知るのです。ちりで造られた人間の体はやがてちりに帰って行きます。けれども神から来た神の霊は、神の命の息はやがて神の許に帰って行くのです。私たちは歳を重ねて行く中でみんな死に近づいています。死は私たちにとって刑罰ではありません。それは私たちが主の御許に帰る日です。私たちは、歳を重ねるごとに確実に天国に近づいていく、主の御前に立ち、主と共に住む日が近づいているのです。

(9/11)