愛ということを知った私たち
  
      (Tヨハネ3:13-23)

主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。  Tヨハネ3章16節

T 愛ということを知った私たち

「主は私たちのために命を捨ててくださった」と聖書はいいます。@主は・・・他のだれでもない、主がA私たち・・・本当に罪深く本来なら滅びるべき私たちのためにB命を捨ててくださった・・・私たちを愛して、命をささげてくださったのです。C死から命に移された・・・それは本来なら死ぬべき私たちが永遠の命を持ち、生きるためでした。私たちはこの神様に出会うときに愛ということを知るのです。

U 愛ということを知った生き方

愛を知った私たちはどのような生き方をするのでしょうか。

@愛に生きる・・・神からいただいた愛を次の人に分けていく責任が私たちには与えられています。だから愛し合うのです。口先だけではなく、行いと真実とをもって愛しましょう。私たちが自分に与えられているものを用いて具体的な行為としてそれを示していくのです。
 そしてまた私たち自身も多くの人々から愛を与えられていることを忘れないでいたいと思います。

A心安んじて生きる・・・私たちは「ああ何と自分には愛がないことか」とがっかりさせられることもあります。けれども私たちのことを愛していてくださる方が、私たちよりもはるかに大きな愛をもって愛していてくださることをいつも知っていたいと思います。
 私たちには平安があります。私たちはいつでも御心にしたがって願い求めるものをいただくことができるからです。私たちはいつでも逃げ込んで、助けてくださいと求める場所がある。そしてこのお方は、私たちにけちけちして、恵みの出し惜しみをなさることはないのです。
 私たちには平安があります。神が私たちのうちにおられるからです。そして私たちはそのことを御霊によって知るのです。私のうちに、神さまが住んでくださって、愛することのできない者に愛を与えてくださる。私のうちに生きていてくださる神が愛をくださるのです。

神様は私たちに体を張って愛を知らせてくださいました。私達も私たちの存在を通して愛と平安とを示していく者としていただきましょう。して豊かに祝福して下さいます。


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