あなたを造られた神
(イザヤ43:1)
ヤコブよ、あなたを創造された主はこう言われる。イスラエルよ、あなたを造られた主はいまこう言われる。(1 )
1 あなたの創造者なる主
私たちの信じる主は私たちの創造主です。創造主・・・とは何もないところから何かを造り出すことのできる方と言うことです。何もないときから神はおられました。神は何がなくても、存在することのできる方、私たちが存在するずっと前の永遠からおられる方、存在も何もなかった私を存在させてくださった方なのです。神を抜きにしてしまったら私たちの存在自体があやふやになります。
ヤコブ、これはイスラエル民族の先祖ですが、あなたを私は造ったのだと言うのです。ヤコブという人物は人間的には必ずしも非常に魅力的ではなかったようです。神さま、あなたが造られたのはヤコブですか? 私があなたを存在させている。あなたは私に造られた者なのだ。あなたは存在していいのだ。神はあなたのことも造り、今も存在させていてくださいます。
2 あなたを作り上げられる主
「造られた」という言葉は、材料があってそれをもとに造ったというときに用いられている言葉です。ですからこの言葉は神が土のちりで人を造られたというところ、そして、また男のあばら骨から女を造られたという記事で用いられているのです。土のちりにしてもあばら骨にしても材料はたいしたことはない。けれども、それが神の御手の中に置かれるときに、神はそこからすばらしいものを造りあげることがおできになる。
先ほどもヤコブの話をしました。ある意味で人間的な意味だけだとしたら、兄のエサウの方が魅力的だったかもしれません。けれども、そんなヤコブをその御手の中において形造ろうとさだめておられたのです。「イスラエルよ」とここで呼びかけられています。これは神が彼に与えられた新しい名です。押しのける者が「神と取り組む者」「神に求める者」へと変えられたのです。
私たちがどんなに貧しく小さい者であったとしても神は私たちを作り上げることがおできになるのです。
私たちは愛されています。誰に?私たちを何も無いところから作り上げてくださった主、貧しいところだらけ、弱さだらけの私たちを憐れんで、神さまの喜ばれるすばらしい器へと作り上げてくださるが、私たちに今も語っておられるのです。
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