わたしのものはあなたのもの
(ルカ15:25〜32)
子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。 (31)
このお兄さんが見えなくなっていた恵みと言うことについて学びます。この父親が兄息子に語りかける声にもう一度耳を傾けながら、私たちは神の下に生きる幸いと、その恵みとを再確認したいのです。
1 生きている・見いだされているという恵み
この父親は弟息子のことを、「この子は死んでいた、いなくなっていた」と言います。逆に言えば、兄息子は弟息子が放蕩の限りを尽くしているときにも生きていた、父のまなざしの中に生かされていたのです。神さまのもとにあって、神と向き合いながら生きている。神さまに見いだされているということは何と感謝なことではないでしょうか。
2 いつも一緒にいるという恵み
一番大きな恵みは神が共にいてくださると言うことです。神さまと一緒にいると言うことなのです。まさに神と共にいるということは「救い」なのです。本当は神が共にいてくださるなど、とうてい期待できない。けれどもそんな私と一緒にいてくださるとは何とありがたいことでしょうか。
3 わたしのものはあなたのものという恵み・・・御国が与えられているという恵み
お兄さんは「お父さんは何もくれない」とぼやいていました。「子ヤギ一匹もくれない・・・」。けれども父親は全く違うことを言いました。わたしのものはみんなあなたのものだ。みなさん、私たちは御国の世継ぎです。神のすべての祝福を相続するのだとさえ言われているのです。全部のあなたのものだとおっしゃる神さまに感謝して歩みたいと思います。
4 共に喜ぶ喜びに招かれているという恵み
最後のことは、父親が兄に何を期待していたかと言うことです。それは父の喜びを一緒に喜んでほしいという願いでした。わたしの喜びをあなたにも一緒に喜んでほしい。わたしが喜んでいるときに、横で一緒に喜んでくれる人であってほしい。わたしが喜ぶのは当たり前だろ。わたしの思いを分かってほしい。
神さまの恵みを知っておられますか。どんなに大きな恵みの中に置かれているのか知っておられますか。その大きな恵みの中に生きる者でありたいと思います。
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