全き平和の到来
(イザヤ26:1〜14)
あなたがたの会あなたは全き平安をもってこころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。 (イザヤ26:3 )
聖書の中で「平和」とか「平安」と訳されているのは有名なシャロームという言葉です。これは神の恵みがあらゆる面で豊かに注がれている状態を表した言葉です。イザヤ26章には神が与えて下さる平和は「全き平安」だと約束されています。この全き平安は
@動かされることのない平安(4)です。イザヤが預言をしていた時代、南ユダ王国は多くの周辺諸国の脅威にさらされてその度に王も民も右往左往していました。「風に動かされる林の木のように動揺した」(イザヤ7:2)とある通りです。そして多くの場合、王たちは他の強国の陰に身を寄せるようにして世渡り的な政治をしていました。けれどもこの全き平安が与えられていたら何も恐れる必要はないのです。
A私たちを敵から守る平安(1)です。私たちの歩みには戦いがあります。平安とは必ずしも戦いのない状態のことではありません。現実に戦いはあるのです。そしてその多くは私たちが途方にくれるような、一見勝ち目のない、出口の見えない戦いかもしれません。けれども、このお方は堅固な町・石がき・とりで・とこしえの岩として私たちを守ることがおできになります。
B神によって設けられた平安(12)です。神はまさに私たちためにすべてのわざをなし遂げ、私たちに平安を与えてくださいました。イエスが十字架を前にして弟子たちに「私の平安をあなたがたに与える(ヨハネ14:27)とおっしゃった通りです。
C信頼する者に与えられる平安(3)です。この全き平安をいただくために大切なことがあります。それはこの神を信じ、この神に信頼することです。「こころざしの堅固な者」とは神に心を寄せて変わらない者です。神はどんな困難な中にあってもすがる者をその平安をもって支えてくださいます。「とこしえに」主に信頼するとは「いつも・その時々に」ということです。私たちは日々の歩みの中で信頼することを学んでいくのです。
神はその大きな平安の中にあって私たちを支えてくださいます。神に信頼し、その全き平安の中を歩ませていただきましょう。
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