みどりごによってもたらさせる平和
            
(イザヤ9:17)

自分の十字架をひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。  (イザヤ9:6


1.苦しみの地・暗闇の中に住む民を顧みられる神
 ゼブルンとかナフタリとはイスラエルの12部族なのですが、ガリラヤ湖の北西部にあり、いつも外敵の侵入にあい、早々とアッスリヤの支配下に置かれてしまう町々です。人々の心は神から離れていました。暗闇・暗黒の地・苦しみの地と言われても仕方のない場所でした。けれどもイザヤはそのような暗黒の地にやみがなくなり、はずかしめがなくなり、光が照るようになると預言するのでした。

 私たちの心にやみがあり、寂しさがあるとすれば、私たちは知りたいと思います。そんな私たちを照らしてくださる光、顧みてくださる神がおられるということです。

2.われわれに与えられたひとりのみどりご
 神がわたしたちを顧みてくださる、光をもって照らしてくださると言う時に、私たちの期待は高まります。神は一体私のために何をして下さるのだろうか。イザヤはみどりごが与えられると言います。このクリスマスに小さな弱い赤ちゃんとして来てくださったイエスこそ、私たちのために来てくださった救い主なのです。

3.みどりごのもたらす平和
 一体このみどりごは何をして下さるのでしょうか。
@このみどりごは私たちを照らし、楽しみと喜びを与えてくださいます。
Aこのみどりごは私たちを縛り、つないでいた縄目から自由にして下さいます。
Bこのみどりごはすべての戦いを終わらせて下さいます。
Cこのみどりごは平和の君として治めて下さいます。
Dこのみどりごの支配は永遠に揺らぐことはありません。
Eこのみどりごの与える平和は増し加わっていきます。このみどりごと共に歩めば歩むほど、私たちの平和は増し加わっていきます。Fこのみどりごは公平と正義をもって世を治めます。

<エピローグ>本気の神・・・
 万軍の主の熱心がこれをなさると言う時に私たちは何も心配する必要はありません。私たちのしなければならないことはこの平和の君としてこられる幼な子をそのまま私たちの王としてお迎えすることです。

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