お父さんの心
            
(Tヨハネ3:13)

わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜ったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。    (Tヨハネ3:1


 いつ頃から、アブサロムと父ダビデの間に気まずい思いが芽生えたでしょうか。異母兄弟であったアムノンが自分の妹タマルに乱暴したことに腹を立てたアブサロムは入念に計画を立てて長兄であったアムノンを殺害します。その結果、彼は父ダビデのもとから逃れて、一旦は自分の母方の祖父母の元に逃れます。けれども、そんなアブサロムも父ダビデのところに帰りたいという願いを失うことはありませんでした。そしてついに願いがかなってエルサレムに帰ることをゆるされたのですが、父ダビデとの間に親しい交わりを取り戻すことはできませんでした。

 彼はついに自らクーデターを起こすことを決意します。ここでも彼の準備計画は実に緻密なものでした。そして、ついに多くの実力者たちを味方につけてエルサレムを占拠したのでした。父ダビデは間一髪逃れてヨルダン川を渡って行きます。イスラエルの軍隊を支配下においたアブサロムは大軍を率いて、父ダビデを追いつめたのでした。

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 父ダビデも覚悟を決めます。けれども彼は自分に従い、自分のために戦いに出ていこうとする兵士たちに、アブサロムを寛大に扱ってほしいと頼むのでした。

 戦いははげしいものでした。そしてその戦いのさなかでアブサロムは悲惨な死を遂げます。戦いはダビデ軍の勝利に終わりました。けれども、ダビデのもとにアブサロムが死んだというニュースが飛び込んできた時に、ダビデは「ああアブサロム、アブサロム、私が代わりに死ねばよかった」と大声で泣き悲しんだのでした。

 アブサロムはダビデに逆らったのです。死は当然の報いでした。ダビデとその軍勢はある意味、勝ち目のない勝負に出ていって勇敢に戦い、勝利を得たのです。喜んで当然です。けれども、ダビデはその子アブサロムのために悲しまずにはおれませんでした。

「私が代わりに死ねばよかった」と泣いたダビデ、けれども本当に私たちのことを愛し、死んで下さった方がおられます。私たちが救われるために主イエスは本当に自分の命を捨ててくださったのです。

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