「生きている」ということ
           
(ヨハネ3:1〜16)

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 (ヨハネ3:16 )


 生きているとは・・・

1.死んでいないと言うこと−−−やがて死ぬと言うこと

 旧約聖書に出てくるモーセはこのように祈りました。「われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください」。私たちのこの世の生涯にはやがて終わりが来ます。聖書は人間は土のちりで造られたと言っています。だから私たちの体はやがて土に帰ります。私たちははかなく、私たちの人生は限られています。そしてそのことを知っている人は一日一日を大切に生きるようになるのです。

2.息があるということ−−−命の息を吹き入れられているということ

 人間は神の形に、神に似せて造られたと聖書は言います。自分の意志で神を愛し、神と交わることができる特別な存在として造られたのです。

 その人間が特別だと言うことを聖書は神は土のちりで人間を造られたけれど、その鼻から神の息を吹き入れられた。それによって人は生きたものになったというのです。神の息があなたにも吹き入れられている。まさにあなたは特別な存在なのです。あなたは神の息によって命を与えられ、生かされているのです。

3.つながりを持っていること

 生きると言うことは、私たちお互いの間に、また私たちと神様との間につながりを、交わりを持っているのです。ひとりぼっちになってしまったら、私たちは生きていくことはできません。イエス・キリストの所に夜ニコデモという人がやってきました。けれどもイエスは彼が質問をする前から彼におっしゃいます。「だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」。ニコデモたち、宗教家は一生懸命真面目に生きることによって天国に入る権利を獲得し、命を得ようと考えました。けれどもどんなに真面目になろうとしても、どんなに努力しても、新しく生まれなかったら神とのつながりが切れていたら、神の国には入れない。もう一度神との関係を回復したかったら、新しく生まれなさい。でも新しく生まれられるのだろうか。聖書は言います。私たちの罪を負って、私たちの身代わりに死んでくださった主イエスを救い主として信じることです。

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