試みに合わせないで
わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。 (マタイ6:13 )
だれも試みにあいたいという人はいないでしょう。それは試みの中にあって私たちは自ら痛むことを知っているからです。
試練にあった多くの人々のことを聖書は語っています。旧約聖書の中ではヨブという人がいました。彼は短い間に、自分の子どもたちも財産もすべてを失います。私たちはヨブに与えられた試練を思うと、自分はそんな信仰者として生きていけるだろうかと思います。絶対に自分に起こってほしくないと思います。
私たちは試みにあわせないでと祈ります。逃げ腰でしょうか?もっと勇ましくあるべきでしょうか?
T 悪魔の働きを知る
これは災難が望まないようにと言う祈りでありません。聖書の中では悪魔のことを「試みる者」と呼んでいたりします。私たちはこの祈りをするたびに私たちが実は戦いのただ中にいることを思い起こすのです。誘惑を誘惑として、罪を罪として、悪魔の働きを悪魔の働きとして知っていることが戦いの第一歩です。
U 私自らの弱さを知る
試みにあわせないでくださいと言うのはむしが良すぎるでしょうか。
いえ、イエスがこの祈りを教えられたのです。そこに私たちは神の慰めを覚えます。私たちはこの祈りを祈るたびに自らの弱さを思い起こします。イエスは私たちが弱いことを知っておられました。だから試みにあわせないでと祈ることをゆるし、またそのように教えられたのです。私たちが強くないことを私たちは知らなければなりません。
試練の中にあって一つ一つのことをしていくために私たちはお救い下さいと祈るのです。「救ってください」と祈る時、私たちは自分の小ささを認めなければなりません。
V 祈りを聞かれる力ある主を知る
神は本当に救ってくださいます。私たちが祈る時、答えてくださるのです。悪魔がどんなに強く、私たちにチャレンジしてきたとしても私たちには勝利者イエスがいてくださいます。十字架の上でサタンの働きを全く打ち破って下さった主が「恐れるな」と言ってくださるのです。
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