御心が天でも地でも
         
(マタイ6:10)

みこころが天で行われるとおり、地にも行われるように。       (マタイ6:10 )

天・・・それは神が住んでおられ、神の支配が完全に実現している世界。それは神のみこころだけがいつも行われ、すべてに調和が取れている世界。ところが、私たちは神の御旨と言うには悲しい現実が多くあるのを見ます。そして私たちは神の御心が地上にも行われるようにと切に祈るのです。

T 神の御心

 では神の御心とは何でしょうか。それは決して神が私たちを利用しようとされているのではありません。たといそうであっても私たちは喜んでその神の御心に自らをゆだねていきます。けれども、神の御心とは

@私たちが神の子となること(エペソ1:5)、
A私たちがきよくなること(Tテサロニケ4:3)、
B御国を下さること(ルカ12:32)です。

 神は本当に私たちのことを心にかけ、私たちを救い、きよめ、御国を継がせようと願っておられるのです。

U 御心を求める祈り

 神は私たちに祈られなくても御心をおこなわれるでしょう。その意味ではこの祈りは嘆願のいのりというよりは信仰の告白です。神の御心が私の生涯の上にも行われることを受け入れるのです。

 イエスはゲッセマネの園で、わたしからこの杯を取り去ってくださいと祈られました。イエスにとっても十字架の道を歩むことは決して楽なことではなかったのです。けれどもイエスはみこころが行われますようにと祈られました。

 私たちはこの祈りをするたびに、わたしの生涯に今起こっているこのこともあのことも、主の御心の中でおこっているのだということを受け止めるのです。

 私たちも私たちに愛をもって近づいてくださる主を通して豊かな恵みをいただきたいと思います。

(8/8)