御国を求める祈り
(マタイ6:10)
御国がきますように。 (マタイ6:10 )
御国とは・・・
これは神が王として治めておられるそのような神の支配・神の国のことです。最後の裁判でピラトはイエスにこう問いかけました「あなたは王なのだな」「あなたのいうとおりである」。確かにイエスは王なのです。イエスの国はあるのです。けれども、それではみ国が来るとはどういう意味なのでしょう。
1.すでに来た神の国
神が世界を支配しておられるという意味では神はいつでも王です。神が世界を統治しておられなかったことはありません。けれども罪を犯して、人間が神から離れてしまったためにすべての人間は罪の支配下に置かれた。けれどもその罪の支配下に置かれ、罪の奴隷として歩んでいた私たちが救われた。イエス・キリストの十字架と復活のゆえに、愛する御子の支配下に移されたのです。私たちはこのお方を主とし、王としてあがめます。その意味で私たちはすでに神の国に生きているのです。
2.やがて来る神の国
神の国がやがて完成する時が来ます。そこに私たちは住むのです。もはや死も、病も、苦しみもないそのような国に、夜のない国、けれどもそこには太陽もない。なぜなら神ご自身が世界を照らしておられるから。そのような国に神はわたしたちの住まいを備えていてくださるのです。
3.神の国としての教会
私たちはすでに神の国の住民として生きています。この地上の歩みがどんなに矛盾に満ちたものであっても、神は私たちを支配していてくださるのです。御国を来たらせたまえと言う時に、この御国は教会をも指しています。御国を来たらせたまえと祈るたびに、私たちは神の前に整えられ、本当に主の御旨にそったものとなるようにと求めるのです。
私たちはなぜ神の国が来るようにと祈るのでしょうか。
@それは神に治めていただくのが一番幸せだからです。
A神の国がせっかく来ているのに入ろうとしない人たちがいるからです。
私たちが御国を来たらせたまえと祈るたびに、私たちの心にも主が来てくださって私たちの心を治めてくださるように、主の完全な支配のすべてのものが主の御前にひざまづくその日が一日も早く来るようにと求めるのです。
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