天の父への祈り
(マタイ6:9)
だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。 (マタイ6:9 )
「主の祈り」には祈りと言うことを学ぶときに欠かすことのできないものがつまっています。
1 天におられるお方への祈り
聖書の神は何もない時から存在しておられるお方です。神は確かに天におられるのです。神は高いところにおられて、私たちを見守り、私たちに何が大切であるか、私たちの歩むべき道がどうであるか知っておられます。神は私たちをはるかに越えた超越者です。同時に「天にいます」と言う時に、私たちは私たちに風を送り、太陽を昇らせ、雨を降らせてくださる恵みのお方を思い起こします。「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る」(ヤコブ1:17)。それは天から来るものです。ちょうど雨が空から降るように、主は恵みを天から注いでくださるのです。
2 父なる神への祈り
けれども、その天にまします神は、私たちの「父」であり、私たちはイエスと共に「父よ」と呼びかけることができるのだ。この「父」という言葉には命のつながりと言うことが暗示されています。父の命が私たちの内にも流れ込んでいる。私たちがどうして、この超越的なお方を「父」とお呼びできるのでしょうか。それはただただイエス・キリストが罪人の私たちの身代わりに十字架で死んでくださったからです。私たちは神との特別な関係の中に入れられた。遠慮のいらない、親しい交わりの関係の中に入れられたのです。
3 われらの父への祈り
もう一つのことがあります。それはこの祈りは基本的に共同体の祈りだと言うことです。「共同体の」と言うことはこういうことです。それは「教会の」祈りであり、わがままな独りよがりな祈りではない。天の神は私の父であるばかりでなく、あなたのお父さんでもある。そこに伝道の根拠もあるし、また「教会」に私たちが集まって礼拝を守る意味もあるのです。私たちは共に主の前に近づきます。一人だけの思いを祈るのではない。場所は違い、時が違っていても、兄弟姉妹たちと共に心を合わせて一緒に祈るのです。
天におられる神さまに父よと、共に祈ることができる幸せを感謝しましょう。
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