困難にあっても動くことのない望み
 
(Uコリント1:3〜11)

だから、あなたがたに対していだいているわたしたちの望みは、動くことがない。あなたがたが、わたしたちと共に苦難にあずかっているように、慰めにも共にあずかっていることを知っているからである。   (Uコリント1:7)


神が約束し、聖書が私たち、イエスを信じる者に約束している希望は動くことのない確かな希望です。

1.望みを吹き消そうとする苦難

 実はこの数節の中に、口語訳の聖書では「患難」という言葉が三度、「苦難」という言葉が三度出てきます。これはパウロ自身の置かれていた状況を表しています。コリントの教会の人たちの中にも大きな戦い患難があったことを物語っています。私たちの望みがふっとんで、私たちを失望させるような出来事があまりにも多いのです。

2.苦難の中でこそ経験する慰め

 けれども、パウロは6回も苦難・患難と語る中で11回も慰めと語ります。

@神はあふれるほどの慰めを下さる
 聖書で慰めと言うときに、傍らにいてくださると言うことです。イエス様は私たちと同じように試練にあって苦しんでくださいました。私たちのことを分かってくださるお方がそばにいて下さる。それが何よりの慰めなのです。

A神は私たちを慰め手とされる
 私たちを慰めてくださる神は私たちを慰めの器としてくださいます。それはキリストにある慰めが満ちあふれているからです。

B苦難に耐えさせる力となる
 そして神の与えてくださる慰めは私たちに力を与えて、どんな患難の中にあっても吹き消されない希望がわいてくるのです。

3.動かない望み

 だから・・・とパウロは言います。慰め主である神がいて、私たちを慰め、力づけ、苦難にあってもそこを耐えて実を結ばせてくださるのだから、神にあっていだいている望みは動かない。神は私たちを支え、どんな嵐の中にあっても私たちを慰め、勝利を与えてくださるのだと信じる信仰に裏打ちされた望みは動かない。まさに神の約束に土台した望みは私たちを支える魂の錨なのです(ヘブル6:19)。

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