あなたはしあわせ
         (申命記33:26〜29)

イスラエルよ、あなたはしあわせである。だれがあなたのように、主に救われた民があるであろうか。(申命記33:29)

この申命記33章は荒野を四十年にわたって歩んで、いよいよ約束の地に入っていこうとしていたイスラエルの民に対して死を前にしていたモーセが語った遺言とも言える言葉です。モーセは最後に民に対して「イスラエルよ、あなたはしあわせである」と語ったのです。
 けれども、このしあわせというのは何かよいことがあったからしあわせというようなことではありません。それは環境や条件によっても変わることのない神に与えられた幸せなのです。

1.救われたしあわせ
 イスラエルの民はエジプトで奴隷でした。エジプトは当時の超大国です。けれども神はその力強い御手をもって、彼らを救い出してくださったのです。決してイスラエルの民が優秀で性格がよかったからではありません。イスラエルの民はすぐに文句を言い、つぶやきました。けれどもただ大きな憐れみをもって救ってくださったのです。
 私たちもかつては罪の奴隷でした。けれども神はそのような私たちを愛し、キリストの十字架によって救い出してくださったのです。

2.神がすみかであるしあわせ
 荒野の四十年間、神はイスラエルの民を導いてこられました。そしていよいよ約束された乳と蜜の流れる地に導こうとしておられました。確かに見えるところは困難があったかもしれませんが、けれどもモーセは民を支えてくださる主を見たのです。
 神こそが私たちの安全地帯、避け所、私たちが本当にありのままの姿でリラックスし、そのままの姿で受け入れていただけるところなのです。
 そして私たちがたといつまづき、傷ついて倒れるようなことがあっても、「下には永遠の腕がある」というように私たちを支えてくださるのです。戦いがないわけではありません。イスラエルの民はまさに戦いのただ中に出て行かなければなりませんでした。けれども主は力強い御手をもって彼らを支えてくださったのです。
 このお方を知っているしあわせを感じながら、私たちは主が備えてくださる地に出て行きたいと思います。

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