体のよみがえりを信じる
     
(Tテサロニケ4:16〜17)

その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。
 
                Tテサロニケ4:16〜17


「体のよみがえりを信じる」と私たちは告白します。

1.よみがえり

パウロがテサロニケの教会にこの手紙を書くことになった一つの事情に、再臨を待ちつつ、死んでしまった人たちはどうなるのだろうということがあったと言われます。
「イエスが死んで復活されたからには」とパウロは言います。イエスがよみがえってくださったことによって、私たちは死が終わりではないことを知ります。私たちはこの地上の歩みをやがて終えるのですが、イエスがよみがえってくださったゆえに、イエス様と同じようによみがえり、いつも主と共にいるのです。

2.体のよみがえり

 ギリシャ人たちは、霊はすばらしいものだけれど、体はもう有限で汚れていて、この地上だけのものなのだと考えていました。ギリシャ人たちの天国は霊だけの世界でした。けれども、神の子とされた私たちは決して霊だけが神に似せられていくと言うことではありません。神のひとり子としてこの地上を歩み、天の神の右に座しておられる主イエスの兄弟のようにして、イエスに似るものとされていく。そしてTコリント15章の中ではパウロは確かにこの肉の体は神の国を嗣ぐことはできないけれど、私たちはこんどは天国にふさわしい霊のからだを与えられるのだと言います。私たちの朽ちるからだが、ちょうどさなぎがちょうになるように一瞬にして変えられて、主と共に住むのです。

3.よみがえりを信じ待ち望む

 いつ、そのことは起こるのでしょうか。聖書は終わりの時、イエスがラッパの響きと共に、雲に乗って天から帰って来られる、その時にこれは起こると言います。まず死んでいた者たちがよみがえり、続いて生きている者たちも変えられて主のもとに引き上げられる。私たちはですからこの主イエスの再臨をまだかまだかと待ち望みます。やがて主は私たちをよみがえらせてくださるからです。死は私たちの終わりではありません。私たちはよみがえるからです。

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