2003年10月26日


いのちの限りない重さ
         イザヤ43章1〜7節

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。    (イザヤ43章4節)

 命は地球よりも重いと言います。けれども理想として・理念としては分かるけれど、本当はどうなのだろうかという現実があります。
 聖書は私たちの命についてどう語るのでしょうか。聖書は私たちの命は限りなく重いと言います。

 なぜ命は限りなく重いか

@神が私たちを創造してくださったから・・・あなたのことを造ってくださった神様がいらっしゃる。私たち一人一人は神様の傑作なのです。もちろん私たちの良さを理解できない人もいるかもしれません。けれども大切なことは、神様がその出来に満足しておられると言うことです。そして、私たち一人一人は目的をもって、意図的に置かれています。神様は私たち一人一人を無意味に適当にでたらめにたまたま造られたのではないのです。神様は私でなければならない存在として私を造ってくださったのです。

A神が私たちを愛して下さったから
 神様は上の方でにらみつけながら、また悪さするんじゃないだろうなとにらみつけているようなお方ではなく、私たちのことを心から愛してくださっているのです。
 このお方は義理で、または何かかわいそうなものでも見るかのようにして、私たちを愛して下さったのではありません。聖書は驚くべき事を言います。あなたは尊い。神様は最高の鑑定士です。このお方が「私の目には高価で尊い」と言ってくださるのです。
 神様は私たちに限りない価値を認めて私たちを買い取ってくださいました。どんなものでも犠牲にすると神様はおっしゃいます。そして、神様は私たちのためにご自身の尊いひとり子イエスさえもそのために差し出してくださったのです。

 私たちは二重の意味で神のものです。それは神が私たちを造ってくださったからであり、また神があがなってくださったからです。私たちのことを「わたしのもの」とおっしゃる神に「そうです、あなたのものです」とお答えしませんか。

 

(10/26 礼拝説教より)