2003年8月10日


聖霊によって宿られた御子イエスを信じる
         ルカ1章26〜38節

「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。・・・神には、なんでもできないことはありません」。「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。    (ルカ1章35〜38節)

使徒信条の中には「主は聖霊によってやどり、母マリヤより生まれ」という一節があります。ここでイエスは「聖なる」お方として、同時に一人の若く、弱い女性から肉体をもって、弱い赤ちゃんとして生まれてくださったことを知るのです。

1.聖なるお方として生まれたイエス
 イエスはただ一人罪と無関係なお方として生まれるために、通常の男女の交わりによって身ごもるという方法ではなく、聖霊によって奇跡的な誕生をする必要がありました。神の子であられるお方がマリヤの内に宿ってくださったのです。もちろんマリヤは選ばれた特別な女性でしたが、マリヤに臨んだ聖霊はマリヤに臨んだのよりももっと豊かに私たちの上にも臨み、私たちに命を与えていくのです。

2.弱い女性の内に弱い赤ちゃんとして生まれてくださったイエス
 同時にイエスは私たちと同じように生まれてくださいました。私たちと同じように一人の女性から、小さな赤ちゃんとして、お母さんに頼らなければ生きていけない存在として生まれてくださったのです。イエスは、「神と等しくあることを固守すべきこととは思わず」、私たちのために、罪は犯されませんでしたが、私たちと同じように弱さをもった存在として生まれてくださったのです。「私たちの弱さを思いやることのできないような方ではない」と聖書はいうのです。

3.神の御言葉によって信じる者に生まれてくださったイエス
 イエスの誕生は聖書に書かれているとおりに起こりました。そしてそのお言葉は御使いガブリエルを通してマリヤにも伝えられ、マリヤがその御言葉を信じた時に、その救いの御言葉がマリヤの上にも成就しました。それはマリヤが完璧な誤りのない女性であったと言うことではありません。彼女が伝えられた御言葉を信じて受け止めた時に、彼女は神の子の母という栄誉にあずかったのでした。

 マリヤをあわれんで、すばらしい特権を与えてくださった神様は、マリヤと同じ御言葉への信仰に立つ私たちをも、豊かな恵みの中においてくださるのです。

 

(8/10 礼拝説教より)