2003年6月29日


ひとり子なる神を信じる
         ヨハネ1章1〜18節

そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。    (ヨハネ1章14節)

 イエス・キリストは父なる神を紹介してくださり、また聖霊なる神は私たちがイエスのことを分かるようにしてくださいました。その意味でも、私たちの信仰の中心はイエス・キリストだと言うことができます。そして、このお方はひとり子なる神としてご自身をあらわされたのです。

1.子なる神
 子を見ると親が分かると言います。私たちもイエス・キリストを見ていると、父なる神のことが分かってくる。そこには命のつながりがあるのです。
 イエスには恵みと真実がみちていました。それはイエスが恵み深く真実であられたように、父なる神も恵み深く真実なのだと言うことを分かる形で示しておられるのです。もちろん旧約聖書の中にも神の恵み深く真実な方であることはすでに語られていました。けれども、イエスが来られた時に初めてのようにして、私たちは、その子なる神であられるイエス・キリストの歩みを見て、ああ神が私たちを愛しておられるってこういう事なのか、神が真実であり、恵み深いとはこういう事なのかが分かったのです。

2.神のひとり子
 イエス・キリストがひとり子だとはどういうことでしょうか。それは第一に神の子はただひとりイエス・キリストだけだと言う意味です。純粋に父なる神を表している子はイエス・キリストだけだと言うことです。パウロはこのことを「この方による以外に救いはない」と言い切りました。神をあらわし、私たちのために救いの道を開いてくださったのはこのひとり子なる神お一人なのです。
 イエス・キリストがひとり子だと言うことは第二に神の愛の大きさをあらわしています。イエス・キリストがひとり子だと言う時に、私たちは神がその大切なかけがえのないひとり子を私たちのためにささげてくださるほど私たちを愛して下さったことを知るのです。
 私たちはひとり子なる神を信じています。神をあらわされた方、唯一私たちに救いをあたえてくださる神を私たちは信じて生きるのです。

 

(6/29 礼拝説教より)