あなたがたの神は言われる、 「慰めよ、わが民を慰めよ」 (イザヤ40章1節)
クリスマスの喜びは大きな慰めでもあります。羊飼いたちも東の国の博士たちも、ユダヤ人たちに言わせると神の恵みの外に置かれていた人々でした。クリスマスの喜びは一番喜びと遠く離れているような人々にこそ届けられる。その意味でクリスマスとは慰めの時なのです。
1.慰めから遠い状況
イザヤが見ていたのは、神から遠く離れてしまっているイスラエルの民の姿でした。イザヤはこのままでは必ずこの国は滅んでしまうと神の裁きのメッセージを語るのです。
神に選ばれた民だといいながら神から遠く離れ、滅んでいこうとしているイスラエルをイザヤは見ていたのです。
この朝、破れて、悲しみ、慰められることさえも拒みたい、そんな思いでいらっしゃる方がおられるでしょうか。クリスマスの喜び、クリスマスの慰めはそんなあなたのためのものなのです。
2.神の慰めの時の到来
神に裁かれ、捨てられたようにしか見えないイスラエルに、神は「慰めよ」とおっしゃいます。それでは神が語られる慰めとは何か。
@罪がゆるされること
それは単なる励ましの言葉ではありません。イザヤの語った慰めとは、そのイスラエルの罪がゆるされるときが来るというメッセージでした。
A神の民と呼ばれること
神は単にゆるすよ。でも知らないよとおっしゃるのではありません。神に捨てられても、忘れられても仕方のない私たちに、あなたがたは「わが民」だと言ってくださる。私のことを、また中央教会のことを「わが民」と呼んでくださる。そしてねんごろに私たちを扱い、愛をもって導かれるのです。
主なる神、その大能のお方は私たちに罪のゆるしが与えられるために、神はご自身のひとり子をこの世に送ってくださいました。それがクリスマスです。
3.慰めのメッセージの伝達者たれ
クリスマスは喜びの時、本当の慰めの時です。喜びの時が来た! 主があなたを慰めてくださる。高い山に登って、強く声を上げて、恐れないでこのクリスマスの慰めのメッセージを伝えようではありませんか。