2002年12月1日


神の顔を避けるな
         ヨナ1章

   主とそのみ力とを求めよ。つねにそのみ顔を尋ねよ。      (詩篇105篇4節)

1.神の御前に生きたヨナ
 ヨナが生きていた北王国イスラエルは宗教的には非常に乱れていました。けれども彼はその異教の中にあって、神の召しに答えてそこで生き、そこで語りました。彼は神の御前に生きていました。彼は列王記下14:25で「主の僕」と呼ばれています。これはイスラエルにおいては最高の称号であり、彼が大変尊敬されていた人物であったことを示しています。

2.神の御顔を避けたヨナ
 そんなヨナに神は声をかけられます。ニネベの民の悪が神の前に上っている。ニネベというのはその当時の世界を席巻していた超大国アッスリヤの主要都市でした。そしてこのアッスリヤという国は度々ヨナのいた北イスラエル国をも脅かしていました。アッスリヤが征服した国々に対して非常に残酷な仕打ちをしていたことは聖書にもありますし、歴史的にも証明されています。ヨナが自分の国を愛していたら当然、そのアッスリヤは滅んでくれたほうがいい。
 けれども神はお前が行って彼らに語ってこいと命じられるのです。ヨナは返事をしないで、荷物をまとめ、神がおっしゃっていたのとは全く反対方向に歩き出します。彼は主の前を離れていくのです。同じ箇所を新改訳の聖書では「主の御顔を避けて」と訳しています。時に神のしておられることが理解できず、納得できないと神に対して怒りを抱くことがあるかもしれません。けれども神の前から離れてはいけません。
 ヨナは神の顔を避けて歩み始めます。ここでヨナの生涯は下向きです。下って下って下って行く人生を彼は歩み始めます。そして私たちが神の前から離れていく時に、私たちは霊的にも寝ぼけた生き方しかできなくなってくるのです。

3.ヨナを見つめられる神
 神は私たちが目を離し、顔を背けているようなことがあってもなおも愛し続けていてくださいます。主は大風を起こして、彼を呼び起こそうとされ、魚を備えて彼を救われたのでした。
 クリスマス。それはまさに神が、私たちのためにイエス・キリストを送ってくださった日です。またそれは神が私たちのことを見つめておられる、そのしるしでもあるのです。

 

(12/1 礼拝説教より)